ゆとりさとるの日々

人として自然な生き方を目指す

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自然。しぜん?  


本当に幸せに生きるのに、そこまでのサービスだとか、お金だとかが必要なように思えない。

そりゃ、あったら便利なのかもしれないけど、所詮人間だってただの動物だし、そんな高尚なものを望むいきもののようにも思えないわけであった。


食べてくってだけなら、バイトしてても、まぁなんとかなる…。


それぐらいの気楽さ持ってもいいんじゃないの?



もちろん、親が汗水働いて築いてきた家だとか、その他もろもろの環境を最大限利用するって前提だけど。


で、ここからがもうひとつの「自然」の話。


今自分を取り巻いてる環境って、何なんだろ?とふと思う。
生まれた時からなんかしらんけど自動車もあったし、ご飯は出てくるし、学校にも通って、友達もできる。
ゲームはどんどん面白くなっていくし、テレビは綺麗だし、パソコンは快適だし、ネットで暇潰せるし。

よくわかんないけど、すでにそこには自分一人の力じゃどうしようもないくらいの大きな渦があって、生まれた時から飲み込まれてた。

親はよく、「感謝しなさい」っていう。

そりゃ、感謝はする。ほんとにありがとう。なんかすごい恵まれた国に生まれて、生活面じゃ不自由なかった。


けど、それって。


僕にとってはもう、一種の「自然」だった。



人間は川を流れる水を汲み取り、木々になる果実を集めて、野生の動物の命をもらって生きてる。
で、エライ人がそれに大して感謝しなさいと言った。
宗教だかなんだかは知らないけど、万物に神が宿ってて、八百万の神がいるんだそうだ。
そうやって、周りの自然の恵みを利用して、人は生きてきた。

今、僕は親がいつの間にか建てた家に住んで、ネットで仕事して、だれかが作ってくれてるお米をお金を使って集めて、食べてる。
そうやって、社会の恵みを利用して、生きてる。


なんかね、何が言いたいかって言うと、


顔もわからない、一言も喋ったこともない人が働いてくれてて、で、こっちも働いてて、直接関係はないけど、お金を介してそのサービスを享受しあってる。それがもう認識のきかないレベルで無数に起きてる。
つまり、自然なんだよな。ある種の。

僕はコンビニが近くにあって、そこでおにぎりが100円で売ってて、硬貨一枚で買えることに、何の疑問も持たない。

すごいことなのにね。

もし僕が100円渡されたとしても、おにぎりなんて用意できないよ。

米を栽培して、調味料を用意して、ご飯を炊く準備して。


すっごい手間をかけた先にある結晶ともいえるそのおにぎりを、僕は財布の中にあったかなかったかも一々覚えてないレベルの硬貨1枚で買える。


ほんとにすごいことなんだよ。多分。


でもすごすぎるけど慣れちゃったから、普段なんとも思わないけどさ。


けどそれって、「自然」なんだな。


最初に木々になる果実を取ったときだって、多分すっごい感動したんだと思う。
水あげて育ててれば甘い果物ができるんだもの。よくよく考えれば魔法かよっていう。

そういう「自分じゃ細かいことよくわかないけど、ありがたい現象を利用して生きてる」って意味では、それを大地が育んでいるか、顔も知らないどなたかさんがやってるかの違いで、一緒なんだよね。

自分を取り巻くすべてが、「自然」

そんな「自然」に、この10年、20年でまたすんげぇ自然が新しくやってきちゃった。

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