ゆとりさとるの日々

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誰がエコの真実の責任を取るのだろう  

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エコって聞いてどんなイメージを持つだろう。

環境に良い、節約、地球にやさしい、とか、あるいは、エコを推し進めている企業って素晴らしい、とか。

もし、そういうイメージを持っている人がいるとすれば、この記事を読んでその真実を知ってほしい。
エコってそんな美しい理念の元に行われているわけじゃないんだよね。

エコのからくり、暴きます。



じゃあ、まずね。一番身近なエコの例から取って考えてみようか。

何がいいだろう。コンビニでレジ袋を使わない、とかがいいかな?あるいは、冷房温度を上げるとか。

なんでもいいんから、レジ袋の例で行ってみようか。

「あなたはコンビニに行って買い物をして、無料でサービスをしてもらえるはずのレジ袋を遠慮して、
そのままで持って帰りました。たった一枚とはいえど、帰ってすぐにゴミとして捨てられることを考えると、
なんだか環境に良いことをしたような気分になったし、実際、節約になりました。めでたし、めでたし…。」

さて、この話に潜むエコの真実、ウラ側を探ってみよう!

まず、そもそもなんでレジ袋を使わないということが、エコだと思うのかな?
そこに人間が感覚的に陥りやすい罠がある。

結論から言うと、この例は何のエコにもなっていない。「自分が環境に良いことをした」
っていう嘘の気分に浸っているだけ、っていうことになる。


この例を、もっと大きな規模で考えてみると、わかりやすいよ。


具体的には、あなたと同じ事を、日本で100万人が思って、実行したとしよう。
あなたも含め、その人達は毎日コンビニを利用している。そして、毎日レジ袋を遠慮したとしよう。

すると何が起きるか?

答えは、「コンビニが本来経費として使うはずだったレジ袋の調達費用が、無くなった」ということなんだよね。

ここが一番のポイントね。
僕らが取った「エコ」に関する行動っていうのは、必ず何かしら経済的な事象に結びついているっていうこと。

そして、次に起きることを考えてみよう。

この熱心な「エコ信者」の人たちのおかげで、毎日100万枚のレジ袋が節約され、一ヶ月、半年、一年と経ちました。そして、コンビニは本来必要経費だったお金が浮いて、利益となりました。

さて、この利益、どう扱うべきなんだろう?いくつかのパターンに分けてみるね。

①社員の給料に還元。エコを呼びかけるプロジェクトがこうして成功し、実際に経費が浮きました。
それを讃えて社員の給料がアップしました。
手元のキャッシュが増えた社員は、新しい車を買いました。当然、燃料を消費します。
結果的に、エコ信者の皆さんの行動は、こうして社員の車の燃料代へと消えて行きました。

②次の商品開発プロジェクトのための、予算に回した。
新プロジェクトが発足され、新しいお菓子が開発されました。
そして、お菓子の製造費、運送費のために、エコで手にした利益を使うことになりました。
当然、工場を運営すると、電気代がかかります。運送の際には、ガソリンも使います。

③このキャンペーンで得た利益は、エコの目的のためにみんなが節約してくれたものなんだから、何かエコになる活動をしよう!ということで、植林を進めるNPO法人に寄付しよう!と決まりました。
実際に、レジ袋の節約によって浮いた経費は献金され、植林が行われました。しかし、その献金は植林のための苗木を作っている業者へと渡ったことになります。その業者は、本業で稼いだ利益を使って、社員の給与を上げることにしました。以下①へ。


ちょっと露骨に表現したところもあるんだけど、何が言いたいかは伝わったように思う。

エコによる環境負荷の低減とかっていうのは、そのエコ活動によって浮いたお金を消去しない限り、環境に良いことをしたことになっていないんだ。

だって、そうじゃないと何かしらの経済的活動に充てられることになるわけでしょ。するとお金が循環し、回りまわって必ず石化燃料や資源の消費につながる活動へと行き着く。

これは、エアコンの温度調節にしろ、燃費の良い車にしろ、すべて同じなんだよね。

その「エコ活動」によって、必ず利益を得る人間が現れるんだ。それは自分かもしれない。エアコンだとか、燃費のいい車なんてのは、その例だよね。
浮いた電気代、燃料代をどうしてる??テレビを買い換えるのに使ったんじゃ、地球規模でエコになってないのは明白だよね。


この議論の行き着く先をここで言おうかな。もし、本当に地球のため、環境のために、エコ活動をするのであれば、

経済規模を縮小するしかない。具体的には、江戸時代の生活に戻るしか無い。

っていうことになるんだよね。

もちろん、江戸時代の生活に戻るしかないとは言っても、経済規模が問題なのであって、江戸時代と同じ経済規模で今の生活を再現出来るほどの技術力が開発されれば、その限りではないよ。わかりやすく言うと、今消費している化石燃料から生み出される生産性の、倍の生産性を同じ消費量で再現できるなら、別に江戸時代の生活に戻る必要はないよ。

あと、エコを単なる「節約」と捉えている人には、燃費のいい車に乗るだけでもいいよ。

僕が今回言いたかったのは、「エコ活動をすることで本当に地球のためになっているんだ」と思っている人は勘違いしてるよ、ということだからね。





しかし、この議論は意外と根が深いというか、前提が難しいんだよね。


そもそも、

「石油燃料等の消費が本当に地球に悪影響を与えるのか」
「二酸化炭素の影響力はどれくらいなのか」

といった、これまで当然環境に悪いだろうと思われていたことが、じゃあどの程度なのかっていうのがよくわかってないんだよね。所詮人間なんてちっぽけな存在で、地球を本当に破壊なんて出来ない、という説もある。

それに、エコっていうのは、政治的な取引材料に使われているのが現状だしね。
実際、京都議定書では、CO2の排出権取引が規定されている。
これは、世界的にそれぞれの国でCO2の排出制限を決めているんだけれど、それをオーバーしている国は、オーバーしていない国にお金を払うことで、その排出権を購入できるっていう取り決めなんだよね。

まったくもって、地球環境にとっては本質的な話ではないよね。人間同士のお金のやり取りなんて、どうでもいいわけだからさ。

しかし何より、エコっていう言葉は「売れる」んだよね。みんなだって、エコってついてたらなんとなくいいなって思っちゃうじゃん。こんだけエコ批判をしている僕でも、地球環境にやさしいですっていわれたら、そうなのかなぁーって思っちゃうし。よくよく考えるとそうじゃないっていう場合が多いだけで、掴みとして強力なのは事実なんだよね。

大切なのは、消費者が正しい認識を持つことっていう、ありきたりな結論になっちゃうんだけど、でも、実際そうなんだよ。印象操作をされすぎている。

あ、もちろん、偽善だろうがなんだろうが、自分が何となく気分がいいから、エコしてるんですっていう人がいたら、気分を害するようなこと言って、ごめんね。

自分の目的に合った、エコとの付き合いを考えよう!
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category: 雑学

tag: 自然  エコ 

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