ゆとりさとるの日々

人として自然な生き方を目指す

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「仏教?あー質素に暮らして修行するやつね」「あれだろ禅を組んで心を静めるやつ」「仏の考え方を自分の生活にも取り入れよう」←全部違う  


前回の記事で意外にも多くの方にコメントをいただいたのですが、返事を書いてるうちにこれは言っといた方がいいなってことがあったので書いときます。

何かというと、みなさんがこれまで持ってた仏教のイメージと僕が言っている仏教は全く違うっていうことです。仏教…というと、
・お坊さん、寺
・修行、精進料理
・お葬式、法事

みたいなものが普通は思いつきます。で、なんかお坊さんがありがたい話をしてくれるみたいな。実際、何とか宗の何とかいう僧侶が書いた「がんばらなくていいんだ」みたいな本とかたくさんありますし。
はっきり書いておきますが、僕の言う仏教は生き方とか考え方とか文化とか癒しとかではないです。最も近い表現をするなら「治療」っていうことになります。

治療というからには何か病気があるってことです。その病気の原因を取り除いて健康体にする。それがお釈迦さんが最も言いたかったことです。

じゃあ僕らはどんな病気を持っているのか?
簡単にいうと「どこまでいっても満たされない心」「あらゆることに執着してしまう心」「自分中心の心」です。この心が全てを不幸にしている原因で、仏の教えとはそれを治療するための手段を解説しているものです。
しかしこう言うと「なるほどそのために厳しい修行をするのか」と思われるのですが、それも違います。「修行」じゃなくてあえて「治療」と言っているのはこのためです。
つまり、この病気を完治できる「医者」がいて、その医者の「診察を受けてほしい」ってのが仏教が最終的に言いたいことです。

死んで地獄に行く前に、早く医者に出会って治してもらえというわけです。逆にいうとそれ以外のことはどうでもいいと言えばどうでもいいです。何をやって生活するとか、どんな考え方をして生きるとか、そういうことはみなさんが好きな様にすればいいんです。やらねばならないことはただひとつ、根っこにある病気を治療することです。

しかしいきなり言われても「そんな病気なんて本当にかかってるのか?」とか「治ったらどうなっちゃうの?」とか「その医者どこにいるの?」とかいろいろあると思います。思いますが、とりあえずこの記事はこれで終わりにします。

(……けどみんなの関心があるのは「この世をどう上手く生きていくか」っていう生き方の話だろうから、こんなこと興味ない人が多いんだろうなぁああ…)って思いながら書いてます。この病気を治しさえすれば生き方なんてほんとはどうでもいいんだけどね。
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コメント

最近更新多くて嬉しいなぁ
お疲れ様です。

一読者としては
>>(……けどみんなの関心があるのは「この世をどう上手く生きていくか」っていう生き方の話だろうから、こんなこと興味ない人が多いんだろうなぁああ…)って思いながら書いてます。この病気を治しさえすれば生き方なんてほんとはどうでもいいんだけどね。

そうですね、単純に仏教や治癒の話に興味はありますけど、もともと本題であった仕事についてとか生き方、働きかたについてとかの話にまたシフトしていただきたいと思います。 書きたいこと書くためのブログに何言ってんだ!って話ではありますが笑

というのも、さとるさん的には仏教の話を理解できれば生き方が拓けるのかも知れないのですが、一個人の私としてはそこまでの経験も知識もなく、いきなり仏教から入ってもあまり昇華しきれていない感があります。

なので、こーいう生き方をしていけばいい。ということをゆとりさんの解釈と仏教を元にあくまで仏教の単語を表面上に出さずに解説してみたらどうでしょうか。

個人の意見なのでこんな人もいるということで。

URL | N #-
2014/11/19 11:14 | edit

Re: タイトルなし

>Nさん
「さとるさん的には仏教の話を理解できれば生き方が拓けるのかも知れないのですが、」
いえ、生き方は拓けてないですし今も悩むことは多いですよ。

最善の生き方ってその人の能力とか価値観とか周りの状況によって常に変化するじゃないですか。なのでどこまでいっても「これが答えだ」っていうのは無いんですよね。じゃあ残るのは何かというと徒労感と虚しさなわけです。現状を維持するために、すくってはまたこぼれる水をすくいつづけるのが人生ってわけです。

そのループを断ち切ろうっていうのが仏教の目的です。それを断ち切ることで「自分はどうやって生きればいいのか」という悩みがすごく小さなものになるんです。生き方が拓けるんじゃなくて、生き方に悩まされない人生になるんです。めちゃくちゃ伝わりづらいと思うんですが…。

「なので、こーいう生き方をしていけばいい。ということをゆとりさんの解釈と仏教を元にあくまで仏教の単語を表面上に出さずに解説してみたらどうでしょうか。 」
うーむ…僕個人の生き方というのは全くもって本質じゃないのですが、しかしそういうところからでしか伝わらないものもあるのかなとも思います。なので僕の日常についてはこれからも書いていくつもりです。

URL | ゆとりさとる #-
2014/11/19 19:29 | edit

「まやかしの快楽を餌に、苦の刺激で鞭打って暴走させて置けば適当に齷齪と動くだろう、人間どもは」といった程度のいい加減なプログラムをインストールされてしまった。このいい加減にインストールされている業のプログラムを放置したままでは、幸福になれないと気づいた人間は全能の神に抗うこととなる。

URL | 花葬 #-
2014/11/19 21:20 | edit

Re: タイトルなし

>花葬さん
何かの一節ですか? 神に抗うわけじゃないですが、これを解決のために道を求めるのが仏道ですね。

URL | ゆとりさとる #-
2014/11/19 21:57 | edit

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