ゆとりさとるの日々

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人生の答えを探す旅⑤  

あらすじ:目先の幸せを追いかけることを繰り返す人生に疲れた&飽きたので、人間の生きる意味・自分が生まれてきた意味・人生の答えを探す旅に出ることにした。手始めに仏教の教えを学ぼうと勉強会に通った結果、人間はみな一様に地獄行きであり、仏の救いによってその解決を図るのが人生の目的であるということだった。今回は①この仏の救いというのが本当に人生の答えになりうるのか?について書きます。
仏教の話のおさらい:

仏教の根幹には「因果の道理」という法則がある。これは「すべての物事には必ず原因がある」ということを教える法である。それは人間の人生においても例外でなく、「自分が今生きている人生」という結果には必ず原因(いわゆる過去世)があり、そして今自分が行っていることが未来(未来世=死後の世界)において結果となって表れるのである。

では人間の未来世とはどんなものなのか?というと、人間は一人残らず善のできない生き物なので、すべて地獄行きということだった(次回解説します)。そしてそんな人間の姿をみてなんとか救おうと立ち上がった仏さんが阿弥陀仏であり、一人残らず必ず救うという誓いを立て、それを実行に移した。その救いに遭うのが人生の目的であるというのが浄土真宗の教えであった(いろいろ全部きちんと解説します)。


さて……。まず確かめなければならないのは、↑のようなことが仮に本当であったとして、それが僕の求めている人生の答えなの?ということだよね。違うのならどうでもいいし。

そこで、僕が聞いたS会という組織の説明を以下に簡単に書きます。



そもそも目的とは何か?ということを説明します。目的とは、「それひとつ果たせば満足・悔いなしといえること」であると言えます。たとえば自動車学校に行く目的は何かというと、免許を取ることです。逆にいうと、免許を取れさえすれば、それ以外のことがどうであろうとあまり大した問題ではないということです。自動車学校に行っていくら友達がたくさんできたとしても、肝心の免許が取れなかったのであればそこを出る時に「後悔」が残ります。逆に他がどうであっても免許さえ取れれば「目的は果たした」と言えます。

というわけで「人生の目的」ということを考えたときには、「それひとつ果たせば、仮に今すぐ死んでも後悔しないこと」が目的にあてはまるということです。

では、一般的に世間において生きる意味や目的と言われることは、本当に目的に当てはまるのでしょうか。出世できれば、結婚できれば、子供ができれば、大金持ちになれば、死んでもいいと言えるでしょうか。おそらくそれはできないでしょう。なぜならそれらはすべて目的ではなく、手段だからです。出世をして、結婚をして、子どもを産んで、お金を稼いで、そしてその次に続く「何か」があるわけです。ということは死んでも悔いなしとはとても言えません。

そうなると、人生において「これさえあれば死んでも悔いがない」と言えるのはなんなのでしょうか。それを仏教では「死後に極楽浄土に生まれること」と教えられています。仮に今の人生が貧困で、何をやっても才能がなく、不幸続きでどうしようもないといわれる人生であったとしても、死後、浄土に生まれることが決まっているのであれば、「今すぐ死んでも構わない」というわけです。

逆に何をやっても才能があり、大金持ちで、人望があり、世界のあらゆるものを手に入れられたとしても、死後に地獄に落ちるのであれば後悔しか残りません。(機会があれば解説するけど、地獄の苦しみは言葉で説明できないくらい恐ろしいもんらしい。)

というわけで、仏教ではこの「死後、自分がどうなるかをはっきりさせる」つきつめれば「死後に極楽浄土に生まれる身になること」が、人生において最も重要であり、何を差し置いても達成するべきことと教えられています。それひとつあれば、あとはどうなろうが「確実に極楽に生まれる」わけであり、それが人間が手に入れられる最高の幸せとしています。



まぁだいたいこんな感じかな。

正直この説明を聞いたときは、ふーんなるほどなぁと思った。僕はこれまで生きてきていろいろ考えたしいろいろやってみたけど、結局「これだっ!」って言えるものがなかった。あったらそれやってるけどないんだもんな。ないからこんな宗教団体の話を聞きにいってるわけだし。

そんな感じだったから、仏教とやらに取り組んでみることにあまり抵抗がなかった。ぜひとも仏教をやりたい!という感じでは全くなかったけど、いかんせん他にすることがない。しかも↑の説明もそれなりに的を得ているし、もし本当に自分が死んだら地獄に行くんだとしたらやっとかなきゃいけないんだろうしね。仏教の話はおとぎ話にしか聞こえないし、地獄とか天国とかあるんかどうかは知らんけど、死後のことってのを勉強してみるのも面白いと思った。

しかも、もしそんな極楽に生まれる身になったとしたら、いわば死んでも復活ニューゲームみたいな感じで怖いもんなしになれるんじゃねーのかな、とも思った。お金持ちも出世も特に興味ないし(なれればいいけど、なる手間が面倒)。そう考えると話聞いてみるぐらい損はないかもしれん、と思った。さっきも言ったようにやることなかったし。あと重要なところだけど、いろいろ話を聞いててもお金を要求されたり物を売られることはなかった。信者になれ!とも言われなかったし。比較的おおらかな態度の宗教なんだなぁって感じた。

そんなわけでさらに詳しく話を聞いてみることにした。気になるのは「人間は死んだらみんな地獄に行く」ということと、仏?の救いとやらに「遭う」ということ。なんでそんなことになんの?さすがに全員は言い過ぎやろ。僕は少なくともそこまで悪いことしてるつもりはないし。あとは仮に地獄に行くとして、どうやったらそんな救いに遭うことができるの?ということ。次回は「②そうであるとして、仏の言っていることは本当なのか?」について解説します。

※質問あればなんでも書いていってください。なるべく早く返信いたします。
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