ゆとりさとるの日々

人として自然な生き方を目指す

人生の答えを探す旅①  

これから何回かにわたって、僕がおよそ一年間かけて辿り着いた「人生の答え」を見つける旅について書いていきたいと思う。
人生の答えなんて、そんなものあるのか??というのが当然の疑問だし、仮にあったとしてもそもそも興味がない。それが普通の感覚だと思うし僕もそうだったのだけれど、でもとてもそれではいられなくて答えを探さずにはおれない心境になった経緯も含めて、その模索がどうなったのかの結果に至るまで書いていきます。

人生とは何なのかとか、何で生きてるんだとか、自分は何のために生まれたんだろうとか、そういう疑問って誰しも一度は持ったことがあると思う。
でもちょっと考えてもわからないし結局のところ自分にとって重要なのは今日の晩御飯何食べようかなとか、月末になったら給料入るなぁとかそういうことでしかないっていう結論に至って、考えることをやめてしまうものだと思う。

でも、そうなんだけれど、仮に美味しいご飯を食べたり友だちに恵まれたりしても、どこか寂しいというか虚しいというか、満たされない感覚っていうのはみんな持ってるんじゃないかなって思う。僕なんかは人がたくさんいて盛り上がってるようなところに行けば行くほど自分の存在が虚しくなってくるし、寂しいなぁって思う。興奮することや嬉しいことがあっても、そんなのはせいぜい数時間から数日続けばいいほうで、一度過ぎ去ったらなんか物足りない、さっきまでの自分はどこにいったんだろう?ってわけがわからなくなる。

そういうことを繰り返してるうちに僕が思ったのは、確かに今日の晩御飯何食べるかが一番重要ではあるけれど、でもそれでいい思いをしたとしても結局後になったら何にも残らないよなっていうことだった。

僕は学歴社会を生き残ってレールに乗った人生を歩むのがベストだと考えてその通りに実行してきたけど、学歴も仕事も手に入れても何にも嬉しい事なんてない、むしろ虚しさとかそれを手に入れてしまったがために起こるめんどくささとか、そういうことばっかりが気になるようになってしまった。

いくら美味しいご飯でも毎日食べてたら飽きるし、たとえ一回きりだったとしても調子に乗って食べ過ぎると後が辛い。僕はそれを勉強とか仕事とか人間関係とか、いろんなジャンルにわたって同じことをやってるんだなって思った。
その時はこれを絶対食べたい!って強く思ってそれを実際に実現できたはずなのに、後になって振り返ってみるとあの時そんなに食べなきゃ良かったな…って後悔が残る。後悔しないようにしようって思ってもやっぱり比べてしまう。

そんな風に思ってしまうと、もう世界が一瞬で色あせてしまう。新しく出るマンガやゲーム、アプリ、新製品、話題のなんちゃら、流行、ニュース……全部今までの焼き直し、繰り返し、同じことばっかりやってる。自分を喜ばせてくれるもの、興奮させてくれるもの、そんなものが次から次へと溢れてくる。

今って引き寄せの法則とか幸せになるための○つの方法とかあなたはそのままでいいんだよみたいな諭すような内容とか、自分をより美しく、気高く、人として素晴らしく、能力が高く、人生を盛り上げるための本が流行ってるけど、要するにみんな興奮したいんだなって僕は思った。

麻薬を打って高揚感を味わうのと、美人になって周りにチヤホヤされて高揚感を味わうのと、別に大して変わらないって本気で思う。
麻薬は副作用でボロボロになるけど、美人だって何十年かしたら老化でボロボロになる。早いか遅いかの違いでしかない。まぁ人に迷惑をかけるとかかけないとかはあるけどね。

そんな感じで世間を一歩も二歩も冷めた目で見て、人生に希望なんかないなって思った。日々色を変え品を変えてやってくる様々な刺激に一喜一憂して、いつの間にか何十年か経って死んでいくんだな…としか思えなかった。

でも僕はそんな自分が悔しかった。なんてしょうもない人生なんだ…。何がしょうもないって、そこまでいろんなことを達観してしょうもないって言いつつも、結局のところ自分だって毎日ごはんを食べてるしゲームをしてるしマンガを読んでるってことだ。人間嫌いとか自己嫌悪っていうのはこういうことなんだな。

でもそんな状態耐えられない。ここまでくると自分が幸せとか不幸とかいう次元を超えて、なんで自分は人間に生まれてきたのか、その理由を突き止めずにはおれない気持ちしか湧いてこなかった。

誰もが一度は思う、人生に答えはあるのか?という疑問。僕はこれを突き止める以外にやりたいことなんてないなって思った。もう普通の幸せなんてこりごりだ。恋人ができたら盛り上がり、結婚したら盛り上がり、子どもができたら盛り上がり、仕事が上手くいったら盛り上がり、宝くじあたったら盛り上がり、美味しいご飯食べたら盛り上がり、新しい服を買ったら盛り上がり、どこもかしこも興奮して盛り上がって、ドラッグパーティーやってるのと一緒だ。

でも、このときはまだ人生なんてそんなもんだっていう思いのほうがよっぽど強かったし、まぁそれも悪くないのかなとも思っていた。自分なんてそんな高尚な人物じゃないし、実際問題として興奮できたらそりゃ嬉しい。興奮から覚めるのが嫌なのであって、死ぬまで興奮できる出来事があるなら喜んで溺れると思う。でも、そんなものなんてなさそうだった自分にとっては、じゃあ何か別の答えがあるんじゃないか、それを探すことに人生をかけてもいいんじゃないかって思った。

これがだいたい一年前、このブログでやってきた集まる会の活動を始めるちょっと前の時期です。
それではこれから人生の答えを探る旅が始まります。
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category: 求道

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