ゆとりさとるの日々

人として自然な生き方を目指す

学習内容も運営も全て自分で決める!西宮サドベリースクールに行ってきた  


サドベリー1

サドベリー2

西宮サドべリースクール


今日はサドベリースクールという、日本ではまだ8校しかない子ども自身の完全自主運営型の学校を見学に行ってきました。実は来週の20日にまたコラボの勉強会に話し手側として参加するのですが、そこで同じく話し手として参加する方がこのサドベリースクールのスタッフの方で、ぜひお話をということで行ってまいりました。


なんというか、とにかく型破りなすごい学校だった。何をするかは全て自分で決めるっていう学校の在り方。もちろんずっと遊んでてもいいし、そもそも学校に来なくてもいい。もし何か勉強するとなっても、じゃあどうやって勉強するか(先生をどうするかとか、教材をどうするかとか)も自分で決めていくっていう方針らしい。



この学校の在り方については言いたいこと、考えたいことが山ほどあって書き始めたら論文みたいになってしまうと思うので、今回は一つだけ、特にこれが素晴らしいと思う部分だけ書きたいと思う。

今日は自身もこのサドベリースクールで数年間過ごしてその後スタッフになった方に話を聞いていたんだけど、そこで教えてもらった在校生の過ごし方の特徴がすごく興味深かった。

この学校に入るとまず、大抵の人はずーっと朝から夕方まで遊ぶようになるらしい。モデルとなったアメリカのサドベリースクールの取材番組も見たんだけど、少年が朝から一日中ゲームをしてる様子が映ってた。実際、僕が見学に行った時も男の子が二人でずっとゲームやってた。そりゃなんでもやっていいんだから、当たり前だよね。

でも、そんな生活が数年経つとある時ふと気が変わって、そんな子どもが突然掃除なんかをやり始めるようになるらしい。どんな心境の変化があったかというのは詳しくは言ってなかったけれど、この学校にいる子ども達は時期の差はあれど、そんな風に自分自身が遊ぶという段階から周りの人のために何かするという心理的な変化を経験するみたい。

それってまさにニートになってからの僕の経験とピッタリ符号していて、結局のところ人間って自分が心から納得のいく行動しか取れないんだよなっていうことを改めて感じた。

確かに、ちゃんと社会でやっていけるように無知な子どもを導くのが一般的な教育の考え方かもしれないけれど、でもその一方で人間って自分の納得していることしか結局行動できないという事実もあるわけで、であるならその「納得している範囲」を広げるための手伝いをするほうが、上から目線で物事を押し付けるよりよっぽどいい教育なのではないかっていうことなんだと思う。言ってみれば僕はニートになることで、「1人サドベリースクール」に通ってたんだな。てたっていうか今もなんだけど。

で、納得している範囲を広げるためには、これはもう行動してみるしかないんだろうね。毎日ゲームでもいいし、毎日勉強でもいいし。何年かかるかはわかんないけどその人が心から納得できるところまでその物事をやり尽くして初めてその人自身の成長になってるんだと思うし、同時に「自分がやることを自分で決める」という習慣が身に付いていくんだと思う。

この生活を大人になっても出来るようになればなぁ…。僕は実家が支えてくれてるから恵まれてるんだけど、働きながらこの感覚を得ることって出来ないんだろうか。僕が追い求めてるものってそういうことなのかもしれない。
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