ゆとりさとるの日々

人として自然な生き方を目指す

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【大発見】ニートのままだと死ぬ  


長かったニートとしての修行、いわばニート行についに終わりが見えた…。

僕は会社を辞めてニートとして生きると決めた時、それは僕の中で希望でもあり可能性でもあり、人間としての自然な生き方なんじゃないか?っていう1つの仮説だった。会社の仕事に全てを潰される人生なんて不自然すぎる、そんなことより大切なものが山ほどあるはずだ!という深い決意で始めたニート生活だったけど、8月末頃に精神的にかなりヤバイ状態に陥って、「あ。ニートのままだと死ぬ」ということをはっきり自覚するに至った。


ニート行を一言で表すと、「怠惰」ということなんだと思う。怠惰って人間の本質だし、だらだらまったりやりたいことだけやって生きていけばいいじゃないか、っていうコンセプトがニート行の狙う所なんだけど。

会社を辞めてから一年くらいはズバリそのコンセプトが僕の中にヒットしていて、自分にはニートしかないなというくらいだった。でもそれは実は勘違いというか、僕は本当の意味でニート生活をできていなかったなって思う。

どういうことかと言うと、僕はニート生活と称して要するにストレス解消をしていただけだったんだと思う。ゲームをやったりアニメを見たり漫画を読んだり。好きな時に食べて好きな時に寝て、家事も何もかも親がやってくれるので、そんな生活の中で僕はどんどんストレスを解消していった。

それがほんの一ヶ月前くらいまでの僕の状態だったんだけど、それを境にとうとうストレスも解消しきったというか、なんか知らんけどアニメにもゲームにも興味が無くなってきたんだよね。でもまぁいっかと思ってそのまま、ほんとにぼーっと一ヶ月過ごしていたんだけど、そしたらどんどん生きる気力が枯れてくるみたいな感じになってきた。

ちょっと言葉で表現出来ないんだけど、凄まじく辛かった。ストレスは全くないんだけど、そのストレスが無いということが逆にストレスになっているというか、自分の心が消えていきそうな感じになってた。会社にいたころも自分っていうものが消えていく感じはあったんだけど、それとは全く別種の、言わばやけどの痛さと頭痛の痛さの違いみたいな感じで、同じ「自分が消える」という言葉ではあるんだけどなんか違うヤバイ感じがあった。

で、それでも放置してると今度は体が急激に重くなって、肩にズシンと何十キロも重りを背負っているような感覚がしてきて、次に体調がやたら悪くなってきた。このままではほんとに死んでしまうと思ったので心療内科とか行ったんだけどよくわからんみたいな感じで放り出されて、僕としてもまぁそうだろうなと思いつつとりあえず寝ようという感じで寝まくっていた。

この時期の、それまでと大きく違う点がこの「寝る」という部分で、それまでは嫌なことがあったりしんどかったりしても寝れば結構回復してたところがあったんだよね。気分もスッキリして気力も回復してたんだけど、この時は寝ても寝ても気力が回復しないどころか、寝る前よりもっとひどくなってるみたいな感じになってて、とにかく相当ヤバい精神状態だったように思う。

それでどうしたかというと、とにかくこのままでは死んでしまうので夜中に雨振ってる中、突然家を飛び出してダッシュしてくることにした。体は重いしだるいし、こんな夜中に走る意味なんて全くないしやりたくもないんだけど、でもそれでも何かしないことには死んでしまうと思ったのでとうとう僕は走りに行くことにした。

で、小一時間家の周りを走ってきて、もちろんめちゃくちゃ疲れて肩も重いんだけど、なぜだか心は楽になってた。僕はそんな自分に混乱しながらも、とにかく体を動かすことで今のこのヤバイ状況は回避できるんだと思って、次の日起きてからも眠いし体は重いし気分も最悪だったんだけど軽く山登りの散歩をして、帰ってきたらヨガの動画を見まくってストレッチして、自分の部屋で無理矢理笑顔を作りまくったりして、その日もなんとか事なきを得ることができた。

そんな一連の行動を振り返って僕はようやく気付いたんだけど、人間って何もしてないとほんとに死ぬんだなっていうこと。ご飯もある、寝るところもある、暇つぶしするものも山ほどある、でもそんな状況でも人間って死ぬんだと思う。死なないにしてもボケるとか、何かしらの障害が生まれるように思う。

上手くいかないこととか、理不尽なこととか、意味わからんこととか、ムカつくこととか、悲しいこととか苦しいこととか、不安や悩み、そういうものってみんななるべく排除したい、無ければ無いほどいいって思うかもしれないけど、案外そうでもないって僕は心から思う。

そういう言わば毒みたいなストレスも、人間には必要なんだっていうこと。人生にハリが出る、という感じなのかな…。打倒すべき敵がいることで人間って生きてるんだなって思う。ストレスのない生活、怠惰は人間は殺す。そしてなんでもいいからとにかく「動く」ということが、そのまま「生きる」ことにつながってる。

今の僕の心境はバイトでもなんでもやってみようかなって思うくらいだ。まさかこの僕がバイトをやりたいなんて、人間って変わるものなんだな。まぁほんとにバイトをするかどうかはわからんけども。
いくら人生には理不尽なストレスも少しは必要と言っても、意味がないと思うことをやりすぎるのも、それはそれで会社にいたころの二の舞になるからね。それは嫌だ。その線引きはきっちりしておかないといけない。

というわけで、わたくしゆとりさとるはニートを卒業(気持ち的に)しました。怠惰にストレス無く、やりたいことだけやる人生は死ぬ。適度に理不尽とか敵とかいた方が楽しいし、そっちのほうが人間として自然な生き方なんだってことがわかった。自分の心を揺さぶる出来事にもっとぶつかっていって、とにかく動いていかないとダメだ。

多分僕はもう、これから怠惰に生きることは無いと思う。なんせ怠惰でいると会社にいた頃に匹敵するしんどさ、辛さ、苦しさに襲われることがわかったわけなので、やりたくても自然とストップがかかると思う。まぁ人と比べて怠惰であるかもしれないけど、少なくとも自分の中ではどんどん新しいストレスにチャレンジしていきたいって気持ちに、心の底からなってきた。1年と3ヶ月、ぐるぐると自分の中で悩んでたけど、終わってみると結構短いニート行でした。

ただ、やっぱり会社で働くことは依然としておかしいところが多いし、そこで苦しんでいる人に対して出来ることならニート生活を薦めたいとは思う。自分の気持ちと24時間向き合える時期ってそんなにないし、人生にはやっぱりゆとりある時間も必要だと思う。そこでもう一度大切なものと妥協するところ、自分がどう生きていくかをじっくり考えるべきなんじゃないかな。

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category: 人間

コメント

いわば、仏教的に言うならば、中庸なのですよ。
現代はその中庸がかけてしまっていて。
人間をたとえば家と見るなら、
「肉体」という土台があり、2本の柱として「知識」と「精神」があるとしましょう。

今の現代人は、肉体は個人差がありますが、この2本の柱のバランスがどうにもおかしい。
知識は情報化社会でやたら伸びているのに、精神は今にも倒壊しそうな感じ。


今の社会には「ほどほど」がないんです。
一日のほとんどを拘束されるような仕事か、
それともやめて何もしない精神が枯渇するような生活かの2択しかないから問題なのではないでしょうか。

これがもし、一日4時間~6時間程度の労働ならば、
何もしないゆえに精神が磨耗することも、労働しつづけて精神が磨耗することもないように思えます。

URL | 名無しの哲人 #-
2013/09/04 20:49 | edit

大学生のとき、同じ感じでした。頭真っ白で、好きなこともできなくなってました。
「退屈」「孤独」「淋しさ」は多分誰もが思ってるより恐ろしいもので、生命維持だけしている「無」状態ですよね。

皮肉な話ですが、大学生のときに比べたら社会人になったあとの方が活力はあります。ただ、業務的には病みましたが。。

おっしゃるとおり、何もしていないときと働いているときには違うタイプの嫌さがあります。
それを踏まえて、自分の心を上手く管理できる生き方をしたいと、今の私はそう思ってます!

また色々お話できれば幸いですー。

URL | カラス #-
2013/09/04 21:54 | edit

>>名無しの哲人さん
全く仰るとおりです。バランスが欠けているということなんでしょうね。
ほどほどに働いてほどほどに休む生活バランスは誰も提供してくれないので、自分で作っていくしかないのかもしれません。

>>カラスさん
孤独死、という言葉がまさに現実に起こりうることなんだなということを実感した一ヶ月でした。寿命縮んだかも。
生活にメリハリをつけていきたいですね。個人的には小・中・高にかよっていた頃のタスク感覚くらいがちょうどいいような気がします。周りに仲間も居たし。
ぜひぜひ、お話しましょう。Skypeでも個人的にでも集まる会の時でも、楽しみにしてます~。

URL | ゆとりさとる #-
2013/09/04 23:37 | edit

人間もただのいち哺乳類に過ぎないのにみんな人間を特別視し過ぎに思います。
生物は使わなければ退化し適度に使えば進化し使い過ぎれば失われると言われています。
これは生物学では常識なのだそうです。
だから人間も適度に働き適度に考え適度に休む。
これはどんな生物でも同じだそうです。
哺乳類は自身で食べ物を得る事ができるようにる事が大人であり独立します。
人間もまた同じだと思います。ライオンが自分で狩りをして生きていく。
人間にとって狩りをするとは働くということ。自分で自分の日々の糧を得られるようになって始めて大人です。
その意味では今の人間は大人になれない人達が大勢居ますね。もちろん政治など社会が悪いところもありますがなんでもかんでも自分以外の責任にするのもまた大人ではないなぁと思います。
ゆとりさんのように行動しなければ真実は見えてこないと思いました。

URL | ラジオスター #-
2013/09/05 09:03 | edit

まあ今は自己責任だといって済ます側こそがなんでもかんでも「他人」のせいにしてしまっているような気がしますけどね。
企業の「労働法を守っていたら現実的には経営は成り立たない」といった主張も自らは悪くはないという正当化でもあります。
働けない人間は「努力」が足りないという側もまた、今の労働環境を他人ががんばらないせいにして済ませておけば楽だからかもしれません。

URL | 名無しの哲人 #-
2013/09/05 18:04 | edit

>毒みたいなストレスも、人間には必要なんだっていうこと

納得です。
僕も無職となった今、肩こりがひどく、
まるで社会のブラックホールに吸い込まれそうな感覚です。
趣味の登山や、サッカーも心底楽しめない自分がいます。
これはヤバイと思い心療内科行きましたが、何も解決になりませんでした。

ネットを見るとブランクに対する脅しの記事が踊り、
再就職のケツを叩く一方、自殺はダメだからとりあえず生きようとか、
うつ病はとにかく休めとか、その中間はないのかい!
と思わず画面にツッコミをいれてしまいました(^O^)。

僕も名無しの哲人さんが言われている「中庸」が大事だと感じます。
ただ今の日本で中庸を保つのが難しいです。
スキルアップとかイノベーションが神格化され、前進あるのみ。
競馬でいうとステッキをいつも入れられてるみたいな。
それで精神のバランスを保てる人はいいですが、
自身喪失した人は死ねとでもいうのでしょうか・・・・

結局社会は何もしてくれないので、中庸は自分自身で
見つけていくしかないんですよね。再就職活動してると
その事が身に染みます・・・・

URL | スキーキャプテン #-
2013/09/05 23:22 | edit

>>ラジオスターさん
僕は仕事の意味を考える上で、その仕事をした結果どうなるかということばかり考えていたような気がします。その仕事をするという動きそのものに価値があるんだなということに気付いて、仕事に対する見方がかなり変わりました。

>>名無しの哲人さん
雇う側と雇われる側とでどちらの言い分・正当化がまかり通るかというと、現状では雇う側ですからね。ただ、それは長い目で見て自分の首を苦しめる行為であるような気がします。

>>スキーキャプテンさん
アルバイトに臨むような感覚での働き方がもっと増えていいと思うんですけどね。今ある働き口が増えなくても、フリーターのような生き方がもっと世間に受け入れられるようになるだけで大きく変わるような気がします。しかし現実はそうでないので、やはり自分でなんとか中庸のペースを作っていくしかない…ということなのかもしれません。

URL | ゆとりさとる #-
2013/09/06 17:23 | edit

私も同じでした

こんばんは。

私も23~24歳の時、約一年ほどニート状態でした。読書したり、散歩したり、気の向くまま出かけたりという暮らしでした。インターネットで収入を作ろうという思いはありましたが、なぜか外へ働きに出ることはなかったです。今のゆとりさとるさんと同じ時期でしょうか、24歳の夏に、お金が必要になり、働きに出ることにしました。それから、職場を変えつつも、働きに出たり出なかったりしましたが、最近、新しい職場で働くことが決まりました。

>その仕事をするという動きそのものに価値があるんだなということに気付いて、仕事に対する見方がかなり変わりました。

確かに、あれこれ動いている間は悩んでいる暇はありませんから、動くこと自体に意義があると思います。

先日記事に取り上げられたハローライフとはやや趣が異なるように思いますが、大阪のサポステは結構注目されていて、著名人も支援しているようです。URLを載せておきます。御参考になれば幸いです。

osaka1gan.jp/

URL | しろうさぎ #-
2013/09/07 00:01 | edit

お疲れ様です

精神科にいかれたということですが、その後は大丈夫ですか?
ゆとりさとるさんが雨の中走った気持ち、なんとなくわかります。
生きてる感覚がなくなってくるのがわかるんでしょうねきっと。
僕は、生きてる感覚とは「自分の生活を自分で回している感覚」だと思っています。
たとえ全て自立していなくても、この感覚が少しもなかったら、大人の人間は腐ってしまうんじゃないのかなと。

URL | 鞠 #-
2013/09/07 08:11 | edit

>>しろうさぎさん
レイブルを応援するというスタンスとしては、同じ趣旨のサイトみたいですね!大阪一丸のプロジェクトの一つにハローライフがあるという感じなのでしょうか。
これからは結果とか意味とか考える以上に、動くことそのものの大切さも判断基準の一つになっていきそうです。

>>鞠
夜中に走ってからは、まぁなんとかなってます笑
なるほど…自分の生活を自分で回す、ですか。そういう意味では一人暮らしというのは大切なんですね。確かに学生時代はご飯を作ったり洗濯したり掃除したり、それだけで結構気分がスッキリしていました。
小さなことでも責任を持って行動する感覚が大切なのかなぁって思いました。

URL | ゆとりさとる #-
2013/09/08 23:17 | edit

新しい職場について

こんばんは。

今日が職場研修の最終日でした。おかげさまでスッと慣れました。

>これからは結果とか意味とか考える以上に、動くことそのものの大切さも判断基準の一つになっていきそうです。

確かにそうです。適度に動くことって、やはり大事です。

あと、昔から漢籍や古文の音読もしています。声を出すのも良いものですよ。音読は脳の力を高める効果があるようですし、気分も良くなります。

URL | うさちゃん #-
2013/09/12 20:57 | edit

訂正です

すみません。先ほどの、ハンドルネーム「うさちゃん」での投稿は、先日投降したしろうさぎによるものです。

ややこしくしてしまい、すみません。

URL | しろうさぎ #-
2013/09/12 21:01 | edit

Re: 新しい職場について

>>しろうさぎさん
全くそうですね。特に人と会うということが中でも効果が高いのかもしれません。
声ですか~。僕も無理矢理漫画を朗読したりしてみましたが、確かに気持ちが晴れていました。何やってるんだろうオレ感は半端ないですが、そんななりふり構ってられる状況じゃなかったですしね。いい経験になりました。これからも気持ちが落ち込んだらやってみようと思います。

URL | ゆとりさとる #-
2013/09/14 01:51 | edit

おはようございます。

>全くそうですね。特に人と会うということが中でも効果が高いのかもしれません。

レジ係ですので、セリフはある程度決まっていて、特にお客様との親密な会話があるわけではないのですが、相対すること自体が大事だと思います。

今は老荘と竹取物語を音読しています。

URL | うさちゃん #-
2013/09/14 11:34 | edit

いじめって楽しいだよね
これは人間の純粋な感情なんだよね
これは低俗だけどこれは事実

そしてこの行為を抑止するには暴力・政治的行動・
行動・悪あがき・どこまでも逃げる.


いじめから逃げるのは難しい
どうやって逃げるか,どうやって戦うか
これらのアクションを起こせる気力が必要
そして気力を身に着けるには気功を身に
着けることが必要だ

長々すまんがこれはステマだ気功サイト作ったから来てくれ
ttp://blog.livedoor.jp/netdeno-tetugaku/archives/cat_1245390.html

URL | 名無しさん #evjQpjOs
2014/12/24 09:56 | edit

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