ゆとりさとるの日々

人として自然な生き方を目指す

自由と無秩序は違ったんだなー  


最近ようやくつかみかけてきた概念の一つに「自由」がある。よく「お金や時間や場所に縛られない、自由な生き方をしよう」とか言うけれど、そういうのって本当の意味で自由じゃないんだなぁってこと。

僕はまぁ、言ってみればそういう生活をしてきたつもりだ。お金に関してはまだ貯金もあるし、この一年間使いたいものには惜しみなく使ってきた。時間もそうだし、場所だってそう。でもそうやっていても感じるのは漠然とした不安であったり倦怠感であったりで、どうやら思い描いていた自由とは根本的に違ってそうだなってことに気付いたんだよね。


僕が今までやっていた自由っていうのは、例えて言うなら大草原だけが広がる地球という星に一人で立っているみたいな感じ。どこに行ってもいいし、実際に行ける。でもそれは星だから、ずーっとまっすぐ歩いているといつかまた最初のところに戻ってきてしまう。

言わば世界の中心が常に「自分」なんだよね。今いる場所から1km離れたところに行っても大草原しかないから、景色なんて変わんない。動こうが動かまいが、常に世界の中心は自分で、自分がいるところが世界の中心みたいになってる。

それってすごく不自由なことなんだなってことにやっと気付いた。何をしても、どっちに向いてもただ、自分が中心にいるっていうだけの世界。障害が無いという意味では自由だけど、「常に世界の中心でいる」という意味ではこの上なく不自由なんだよね。「端っこ」っていう概念が無いわけだから。

じゃあこの世界で自由を感じるにはどうすればいいかというと、適当な大きさの檻でも置いてみるといいんだと思う。仮に一辺が10kmの正方形の檻を置いたとして、その時始めて「方角」が生まれるし、「隅っこ」とか「端」とかいう概念が生まれるわけだよね。

そういう檻の中にあって始めて、自由って生まれるのかなぁって思う。「あの角のところ目指して行ってみるわー」とか、「こっちの辺をなぞってみると何かあるかもしれない」とか。そういう「選択できる自由」が生まれる。だから会社を辞めたから自由っていうのは違うんだろうな。むしろ行動の指針が無くなって不自由になってるのかもしれない。

僕がこの一年間ずーっと家で引きこもってたのは、「出かけても意味がないな」って感じてるからだった。だって出かけようが家にいようが自分が今いる場所が世界の中心だし、ただ動くだけじゃ目に映る景色が変わるだけで、心理的には何も変わらないっていう感覚があった。でもそれは檻のない、何の目印もない世界にポツンといる感覚だったんだなってわかった。

つまり、自分を閉じ込める「檻」ってのは必要なんだなってこと。檻って言ったらなんか表現として堅いから、街っていうことにしよう。自分の心の中に街を作る必要がある。普通はそれが学校であったり会社であったり、家族であったり仕事であったりするわけだよね。

ただ非常にやっかいな問題として、街っていうのは自分が生きる舞台となるものなわけだから、自分にとってピッタリなものじゃないと途端にストレスに感じてしまうものなんだよね。その上、街を作るっていうのは凄まじく労力のいる問題だからめちゃくちゃめんどくさい作業でもある。下手な街を作ったら取り壊すのもまた労力がいるから、おいそれと実験してみるってのも難しい。みんながとりあえず大学に行って、とりあえず会社で働いてっていうレールの上から降りたがらないのはすごくよくわかる。だってその方が楽だもん。

なんか話が抽象的すぎて上手く伝わってないかもしれないけど、例えば僕が前回の記事で「朝は起きて、日中に活動しよう」っていうのも一つの檻なんだと思う。だって別に夜に行動してもいいわけよ。でもそうやって「24時間いつ動いてもいいや」って思ってると、逆に全く動きたくなくなるというか、動く気力が無くなっていくんだなってことがわかった。だから朝は起きるっていう檻を作ることで初めて、「じゃあそのためにどうしようか」って考えることになって、その過程で工夫をしていくところにすごく自由を感じられるんだと思う。

自由について、は僕の今後のニート生活に大きく影響してきそうなのでまた後日書きたい。今回は一言で言うと「自由と無秩序は違う」ということをやっと肌で理解した、っていうこと。

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category: 人間

コメント

凄く刺激的な文章でした。
何にも属さないでいることの漠然とした不安感というのは感じていますが、なんかそういうことなのかもなーとか思えました。

どのくらいの容れ物に自分が入るべきか、それが会社ではないとしても考えていくことが大切なんだと思いました。多くの人は会社。でもNPOとか公的機関とかいろいろな選択肢が用意はされてますが自分にとって良い選択をしたいと思います。

容れ物が合わないことって結構あると思うんですよね。それを変えることをもっと受容出来る社会になればいいなー

URL | Tomoya #-
2013/08/09 16:04 | edit

Re: タイトルなし

>>Tomoyaさん
何にも属さないということは何の秩序もないということとほとんどイコールですからね。そうなると自由というものは無くなってしまうような気がします。しかし自分が納得の行く容れ物とはなかなか出会えないものなのかもしれません。僕自身、そういうものを待っている時のような気もします。

URL | ゆとりさとる #-
2013/08/09 19:28 | edit

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