ゆとりさとるの日々

人として自然な生き方を目指す

僕は政治に関心がないです  

選挙


僕は今まで政治とか、あとは世間一般でニュースとして大きく取り上げられていること(原発とか)についてこれまで全くといっていいほど言及してこなかった。避けてきたというわけでもないんだけど、政治に対して僕は何ら主張を持たない(ようにしている)ので書くことがなかっただけだなぁ。

ただ、今回選挙があったしちょうどいいので、政治とか世間をにぎわす大ニュースなんかに対する自分のスタンスについて書いておこうと思う。



政治って大人の世界じゃすごく大きなテーマみたいだけど、僕の中ではスポーツとか芸術とかと同程度のくくりでしかなくて、オリンピックが中継されてるのと同じレベルで選挙の様子なんかも見てる。

そんな風に言うと政治に無関心な若者みたいに思われる。で、それは合ってる。ただ、僕としてはどうでもいいと思っているわけではなくて、どうなってもいいと思ってるから関心がないだけなんだよね。「どうでもいい」と「どうなってもいい」は似ているようで大きく違うってことを主張したい。

どういうことかと言うと、僕は割と本気で憲法が変わろうが原発がどうなろうがいいと思っている。確かに僕の年齢とか社会的な立場からすると憲法はこうで原発はああで、消費税はこうした方がいいとかってのはあるのかもしれない。でも、僕はそういう「自分に少しでも有利になるように周りの状況を動かす」ことに全くといっていいほど興味がない。興味がないっていうか、そんなことするのを嫌だと思ってる。

あんまり言うと政治活動そのものを批判するみたいになるので表現が難しいんだけど、例えば政治的な判断を人間関係に持ち込む奴が僕はすさまじく嫌いだ。自分により多くの利益が出るように、お金とか物にしてもそうだし人の気持ちも操作しようとする人種がいるけれど、もうマジで擁護のしようがないくらい大嫌いだ。

会社にいるとそんな人間ばかりで本当に気が滅入ってしまった。もちろん僕だってそういう気持ちはあるよ。この人に好かれたいとか、この人とは仲良くしたいとか、人から良いように見られたいとか、人間だから打算とか計算とかはあって当然なんだよね。

でもその気持ちは出来る限り自分の心の中に押しとどめておくべきなんじゃないかなって僕は思う。目先の我欲に流されて周りの人間に対してあれこれ文句を言ったり、自分にだけ有利に事が運ぶように人の心理の裏を突いてきたりする人たちを見ていると、もうなんというか…言葉にならない。

なんでこんな風に思うんだろうなぁ…。別に自分に有利に事が運ぶように欲にまみれて打算で動いてもいいんだろうけどなぁ…。むしろそういう人の方が人間として自然なのかもしれない。でも僕はそれが嫌で嫌でしょうがない。人間の汚い部分を認めている上で、それでもなお人の綺麗な心を信じたいのかもしれない。

だから僕は政治について「どうなってもいい」って本気で思っている。自分に不利なように体制が変わってもいいし、搾取されてもいい。それは辛いだろうけど、でも立ち向かいたい。大切なのは自分の心で、今僕に出来るのはもし本当にそんな体制になったときでも平常心を保てるように、今の内から自分の心を見つめておくことだけなんだよな。自分に不利な状況と戦える心を持ちたい、って思う。

なんで僕がこんなに自分の心を重視しているかというと、そうじゃなきゃいつまでも自分の不利な状況になることにおびえて生きてかなきゃいけないし、あとはそもそも他人とか環境を都合よく操作することは出来なくて、出来たとしてもすぐに崩れると思ってるからかな。

「他人を変えることは出来るか」というテーマで別の記事が書けるくらいだけど、それは全くもって出来ないと僕は思っている。影響を与えてその人の歩む速度を早めることくらいは出来るかもしれないけど、根本的にその人が持ってる人格やその人らしさを変えることは決して出来ないと思う。

これは政治も一緒で、自分の周りの環境を自分に都合の良いように変えることは出来ないと思う。だからもし何か苛立つことがあったり不満を感じたりしたら、その原因は必ず自分の心にあるんだろうなって思うんだよね。

確かに言いたいことなんて山ほどある。そんなこと言い出したらキリがない。でもそれは本当に自分に非は無かったのだろうか?自分が甘えているところは無かったんだろうか?他人に迷惑をかけているところは無かったんだろうか?他人にやってもらって当たり前、自分は大切にされて当たり前だと思ってなかっただろうか?っていうことを考えると、とても大声で他人を批判したり自分の都合よく体制を変えたりすることなんて出来ない。まぁだからって自分を痛めつけるような卑屈な真似をするのも当てつけがましくて気持ち悪いので、そのさじ加減が非常にシビアなんだけど。

なので僕は会社を辞めたいと思ったとしても、会社を変えたいとは全く思わなかった。今でも社会を変えたいとは思わない。僕はこれからもきっと、ずーっと自分の心を見つめて生きていくんだと思う。政治とか政治的な考え方を否定するわけでは決してないけど、そんなことをごちゃごちゃ押し並べてても現状は一向に変わらないと思う。

いやいや変わるよー政治は大切だよーって思ってる人は、それは一時的で表面的な変化だけを見て変わってると感じてるだけなんじゃないかな。例えば政権が変わって税金が一切かからない、庶民に優しい政治体制が実現したとするよね。これは嬉しいことだろうか?というと、まぁ大多数の人が喜ぶだろうなって思う。でも、それで使えるお金が増えたとしてもお金なんて必ずもっと欲しくなるし、もし次に何か不祥事でも起きて政権が変わって元の税制になったら、これまで幸せだと思ってたのが一気に逆転して今度は不幸になって降り掛かってくる。「そんなことになるぐらいなら最初から甘い夢見せんな!!」とか理不尽な不満を言い出す輩も出てくるだろうね。例え短い間であったとしても、税金がかからない期間があって本当に良かったねって心から言える人がどれだけいるだろうか。

表面的な体制や環境が変わった所で、肝心な自分の心が変わってなかったら何の意味もない。確かに環境っていうのはとても大切で、ただ今現在を苦しんでいる人にとっては環境が何より大切だとは思う。僕だって会社辞めてニートという環境に変えたし。

でも、ある程度環境が整って落ち着いて考えられるようになったなら、向かうべきは自分の心の在り方なんじゃないかなぁ。自分の心が変わらないと、もしまた同じ状況になったときにまた同じように苦しんでしまうことになってしまう。それじゃ同じ事の繰り返しだ。

政治的な話についてあれこれ討論している人たちを見ていると、もう太古の昔から同じような事をずーっと言いあっているのを見てるような感覚に襲われる。で、その時々の状況であっちに傾きこっちに傾き、その都度一喜一憂しながらただひたすら繰り返してるっていう感じがどうしても拭えない。だから政治には興味が持てない。政治を解決したとしても自分の心が解決されてない。だから何の進歩にもなってない。と、思ってしまう。

というわけで、僕は政治だとか世間をにぎわすニュースについて「どうなってもいい」って思ってる。けど政治のことを一生懸命考えて、必死に取り組んでいる人たちを否定するつもりは全くないよ。ただ、それは僕からすると特定のスポーツとか芸術に必死に取り組んでいる人たちを見ているのと同じ感覚でしかないっていうだけだなぁ。まぁ一言でいうと「ふーん」という感じだ。

周りを責めるより、自分の心を見つめられる自分でありたい。そんな思いがあって、僕は政治に関してなるべく主張をしないようにしている。そしてもし個人的な感情と違う思いを持った人がいたとしても、どうにかして理解したいって思う。

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category: 社会

コメント

お久しぶりです、私も同じく前々から「どうなってもいい」と思っている一人であります。
原発だの、生活保護撤廃だの、そういうのが本当に「どうなってもいい」と思っているからこそ、俯瞰で見ることができるし、文句もいいません。
何がどうなっても誰が悪いなどというつもりもありません。
ひとつだけいうならば、あまり私には関わらないでくれ、っていうだけですかね。


終いにはゆとりさとるさんと同じく「太古の昔から同じことを繰り返している」といったような半ば呆れた感覚にいつも陥っています。
むしろ、なぜ人はこのようにして太古から思考の針を右へ、左へと振り続けているのか、そしてそれらに対して何かが変わるかもしれないと一喜一憂するのか?などと考え始めて、それはもはやら政治ではなくなにやら一般のいうところの「哲学」的な考え方にどうしても移ってしまう次第です。


知り合いが「投票したところが当選するとやっぱり面白い」と言っていたのですが、その感覚が私にはどうにもわからないのです。
個人個人のその自分が勧めた所が政権を握るということの一体何が面白いのかっていうのがすでに分かりません。それは本来の政治ではないような気もします。

私が求めているのは生活の向上ではなく、人間の精神の側の変革です。
2000年前から、人類は精神があまり変わっていない。
キリストが迷える子羊と人を喩えて言った様に、我々はいまだに迷路から抜け出ていないような気がしてなりません。
何かが分かり、そして何かが変わるというのは外側ではなく、常に内側を見続けないと得られないような気がしてならないのは私も同じです。
私が感じる憤りは、実際は社会への憤りではなく、私個人の精神の憤りであり、それらを通していった「在る」ということへの疑問への憤りなのかもしれません。
ですから、ゆとりさとるさんの言っていることは良くわかります。

何か、向かい方に違和感を覚えるのですよね。

URL | 名無しの哲人 #-
2013/07/22 08:40 | edit

どんな状況にも柔軟に環境や状況に逆らわずに生きる。
これが出来ていればもう幸せを手に入れたも同然ですね♪
僕は幸いにも今幸せやなぁと思ってます(^^)
僕の場合は良い伴侶に恵まれたからで努力ではなしに運が良かっただけなんですが
物であれ人であれ…あるいは芸術、趣味でも自分よりも大切に思えるものがある。
そうゆう人達の人生は厚みのある豊かな人生やと思えます(^^)

URL | ラジオスター #-
2013/07/22 11:52 | edit

Liberal Democracy

ほとんどゆとりさんの意見に同意します。今回の選挙の行く末がどうなろうと自分の心と環境はそんなに変わらなさそうなので、遠目からゆるく眺めていました。
ただ、わたしたち市民の政治的アクションが大事になる時もあるので、いつでも「どうなってもいい」と思っているのは危険だと思います。いつ大事になるかというと、根本的な改革になるときです。現代日本にいると想像つきにくいけど、僭主が出現するとか、民主主義が制限されて自由がなくなる時には、「どうなってもいい」はよくないから、慣れないように気を付けた方がいいと思います(○´3`○)政治活動は、本来的に変革のパワーを内包してるものですが、民主主義がその強さを分散させてるだけだからです。
民主主義から突然ファシズムが出てきてヒトラーみたいな人に、ニートをやめろとか実家に帰れと怒られたら、わたしは生きられなくなるので、選挙を眺めていてそんな状況に日本がある時はどうにかしようと思います(○´3`○)
でも、原発や憲法…は内容によっては微妙ですけど、そういうのは正直どうなっても流れに流されることに問題を感じませんので、ゆとりさん同様、わたしは意見を表に出そうと考えません。利己的な考えに、どうしてもなってしまいます。てゆかそんなこと考えてるくらいなら、お昼ごはん何たべようか考える方が、わたしの心の為になるし有意義です。
「どうなってもいい」は、素敵なスタンスです。が、エジプトの革命とかもっと遡るとフランス革命をこなす力が現代日本人には無い気がするので、変なやつが出てくるのを未然に防ぐ意味で、必要な選挙には興味を示す必要があると思います。どうでもいいことを話題にし過ぎてるのでアレですけど、無関心への慣れには気を付けたほうがいいような…とか思ったりもしなくなかったり…?

って言いながらわたしは参院選に投票に行ってないので聞き流してくださって結構です。家で寝ていました。

ただ民主主義においては、唯一わたし達ができる政治活動が投票であることは知っていたので、ネット選挙などで動向を調べたり、当日テレビで池上彰さんのお話をよく聞いていました。

それくらいなら別にしてもいいかなー?と思います。
会社の汚い人間関係のような、利己的な考えの主張をずっと聞いてると嫌になるのもわかりますよ。

URL | ぴかちゅ #UO8fRM3U
2013/07/22 13:47 | edit

「どうなってもいい」ですか…。若者の投票率の低さが常々疑問だったのですが、そう思ってる人も多いからなのかな、と思いました。

私自身は色々と自分で調べたりして、投票に意見を反映させたつもりです。
環境も、大事だと思うからです。
政治は自分のためだけのものではないと思います。他者のことも、ひいては社会のことを考察することが大事なのではないでしょうか。
たとえ自分が耐えられても、他の方々は搾取に耐えられるのでしょうか? もっと不利になる立場の人は? ……などなど。

「よりよい社会になるように」と考えることは決して悪いことではないと思います。

URL | うむむむ #em6S/ZVk
2013/07/22 15:02 | edit

>>名無しの哲人さん
お久しぶりです。またコメントがいただけて嬉しい限りです。

>ひとつだけいうならば、あまり私には関わらないでくれ、っていうだけですかね。
これは確かに感じますね。でも同じ社会に生きている以上、全く関わりなく生きていくことはできないんでしょうね。自分が取った行動の責任と結果は、良くも悪くも自分に返ってくる気がします。なので政治に興味がないという行動を取った結果は、必ず何かしらの形で自分に降り注いでくると思います。でも、どうなってもそれを受け止める心が出来ているなら、それはそれでいいことなんじゃないかなって僕は思うわけです。

>「在る」ということへの疑問への憤り
同感です。「在る」ことで僕らはこんなにも苦しめられているわけですし。でも在ることをやめることもできず、どうにかして人生をやり遂げる必要があるというところでジレンマが生まれるんでしょうか。

>>ラジオスターさん
幸せを感じられる何かがあるって素晴らしいことだと思います。人情というか人の気持ちや思いやり、愛情といった感情はこれからの時代何よりも大切なものになってくると思います。僕も厚みのある人生を送っていきたいです。

>>ぴかちゅさん
まぁほんとに全て「どうなってもいい」とまで思えないですけどね。そこまで達観しているわけじゃありません。流石に「君の存在は迷惑だから死んでくれ」って言われたら戦います。
ただ、今の政治活動で論じられているテーマのほとんどが
>てゆかそんなこと考えてるくらいなら、お昼ごはん何たべようか考える方が、わたしの心の為になるし有意義です。
というわけですね。とても素直で共感できる表現です。お菓子食べたいなぁ。

>>うむむむさん
>「よりよい社会になるように」と考えることは決して悪いことではないと思います。
全く同感です。けれど、そのより良い社会にあぐらをかいて、自分に都合がいいようになるのが当たり前だと思うようにはなりたくないわけです。そして同時に自分にとって不利な社会になったとしても、そのことで他人や社会を無遠慮に批判する人間にはなりたくないということです。僕の興味関心は、ただただ自分の心に向かっているということを伝えたくて記事にしました。
政治について考えたり社会について考えることそのものに、善悪はないと思います。

URL | ゆとりさとる #-
2013/07/22 19:05 | edit

自分のことが大好きなんですねww
いや、自分のことだけが大好きなんですねwww

共感することも多いと思っていましたが
正直、幻滅しました

もっと先人達がつくってきた社会に感謝すべきだと思います
政治で良く批判される公共事業
道路や橋を使わないでください
港湾から輸入されたものも使わないでください
エネルギーも輸入してるし電気も使わないください
それが嫌なら日本から出て行ってくれって思います

なんでも自分一人で勝手に生きてるつもりになってるってはたから見てて気持ち悪いです

政治が大事じゃないって思う人は洗脳されてると思います
政治に関心がない人のほうが自分勝手です
もっとよく考えてほしいです

URL | バカ太郎 #-
2013/07/23 17:53 | edit

私も基本的に政治には無関心です。
ただ、気に入らない人やコイツは何するかわかったもんじゃねぇ!という人に当選してほしくないので投票はしてます。
政治家には期待していない、できないですし、「人様の仕事には口出ししない、文句を言うなら自分でやれ」というのが私の信条なので不満も持たないようにしています。
むしろ投票すればなんとかなる、やってくれると思っている人のことが不思議でしょうがないですねー。

URL | きゅー #-
2013/07/23 20:42 | edit

>>バカ太郎さん
バカ太郎さんは政治が大好きな方なんですね。政治をけなしてるとも取れる文章を書いてしまったのはまずかったかなぁって思います。

ただ、僕は今の政治内容そのものを批判しているのではなく、政治が良くなりさえすれば幸せになれると思い込んでしまうことを批判しているわけです。なので、先人達が築き上げてきた社会にはとても感謝していますよ。

けれどその上にあぐらをかいてやってもらって当たり前、あって当たり前だとは思いたくないっていうことです。そのためには自分にとって有利な政策はどれだろうって吟味するよりも、いつそういうものが無くなってもいいように普段から自分の心を見つめて律していくことが大切なのかなぁって思うわけです。

>>きゅーさん
>「人様の仕事には口出ししない、文句を言うなら自分でやれ」
全く同感です。日常の些細な瞬間に幸せを感じて、どうしても不満に思うことがあれば自分でなんとかすることを考えていくほうが、結局のところ自分のためのように思います。

URL | ゆとりさとる #-
2013/07/24 00:11 | edit

批判も賛同も本質は同じ・・・だと思いますけどね。
批判するも賛同するも、それらに対して囚われているということ。
私も政治を批判するようなことを書いたかもしれませんが、
政治なんてバカのすることだ!と言いたいわけでもありません。

あれはあれで、様々な歴史があり、人類が生きていくためのシステムとして考え出したものですからね。
だから政治なんていらないというのと、政治を気にしないというのは、実は正反対のスタンスではあります。

しかし、難しいですね会話っていうのは。
知る事で変わることもあるのに、伝わらないまま、伝えられないまま世界は回っていく。
その多くが思い込みからによるものなんて、たまに虚しく感じます。

URL | 名無しの哲人 #-
2013/07/24 08:31 | edit

Re: タイトルなし

>>名無しの哲人さん
>しかし、難しいですね会話っていうのは。
人は誰しも自分の信じる世界を守りたいものですし、その世界に対して害意をもってやってくる人間には敵対するものだと思います。それを信念というのか思い込みというのか表現は様々でしょうが、世界の大小はあってもその根本的な性質は誰しも変わらないように思います。人からごちゃごちゃ言われるのが一番嫌だということですね。僕も嫌です。
その上で他者と意思疎通をはかろうとするところに、やはりある程度の無理があるのかもしれません。

URL | ゆとりさとる #-
2013/07/24 09:46 | edit

決して解り合えない事がわかった。と本で読んだことがあります。
解り合えないひととどう関わるか?個人レベルなら解り合えない人とは関わらないでも済みますが国と国ではそうもいきません。解り合えない所をどう折り合いをつけるか妥協するかが政治だそうです。
でも個人の場合でも自分と全く違う人の意見を聞くこと理解しようとすることは自分自身を成長させるのに大事な事ではないかなと思います。
でもそのおりにはお互いに顔を付き合わせて話す事が大事な事やと思います。意見の異なる対話はネットのような顔の見えない場ではえてして罵りあいになってしまいますから。

URL | ラジオスター #-
2013/07/25 13:43 | edit

Re: タイトルなし

>>ラジオスターさん
おっしゃるとおりですね。表情とか口調とか、そういうものってすごく心に響きます。文章にすると同じでも、言い方1つで印象は全く変わってしまいますからね。ブログの限界はそういうところにあるのかもしれません。

URL | ゆとりさとる #-
2013/07/26 10:41 | edit

自分もどちらかと言えば政治に興味がない派だと思います
周りに政治に関心が強い人がおりあの政党はどうで〜という話をしたりするのですが、それを聞いても、自分にそれを言われてもなぁと困ってしまいます
要するに自分が今抱えている一番の問題が政治的な性格を持つかどうか、でしょうか
例えば今進路に迷っている人からすれば、どの政党が当選しようがそれで自分の問題が解決するわけではないし、一方でバリバリのビジネスマンの人であれば今税金が上がるのは困るぞ、などと思い政治の動向に敏感になる、と言うようなことでしょうか(安易な例えですが)
今政治が「どうなってもいい」人は、「今自分ははそれどころじゃねぇんだよ!」という状態の人なのかと思います、というか多分自分がそうです
あるいは本当にどうでもいいという人もいるかもしれません
知識として政治はこうこうなんだよーという話は良いと思うのですが、政治に関心がある人がない人に会った時に、何でちゃんと考えないんだと怒るよりも、この人の関心は今違うところにあるんだなぁと思ってもらえればありがたいですね

URL | 蒼天 #UDvgc1wY
2013/07/27 16:45 | edit

Re: タイトルなし

>>蒼天さん
コメントありがとうございます。
そうですね。結局のところ自分の関心が向いているのかいないのか、ということなのかもしれません。みんな自分のことに必死ですし、その中に政治というジャンルが入っているかいないかの違いなんでしょうね。

URL | ゆとりさとる #-
2013/07/28 02:23 | edit

銀行員 辞めたい で検索してこのブログに辿り着きました。
本年度入行ですが、明日仕事に行きたくなくて行きたくなくて堪りません。

URL | ぎんこ #-
2013/07/28 23:30 | edit

Re: タイトルなし

>>ぎんこさん
ブログ読んで頂いてありがとうございます。
銀行は本当に大変だと思います。。もし同期や先輩を頼れるのであればいいですが、もし誰にも話せないようなことであれば、僕に相談していただければと思います。話すだけで楽になることって多いですし、ぜひメールしてください。

URL | ゆとりさとる #-
2013/07/29 13:16 | edit

完全に平和ボケですね。

URL |  #-
2013/09/24 00:37 | edit

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