ゆとりさとるの日々

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人は退屈と苦痛の振り子に揺られて生きている  

振り子時計


どんな趣味だろうが、どれだけ素晴らしいと思っているものだろうが、どれだけ自分にとってかけがえないものだろうが、人はそれにずっと接してると必ず飽きるんだよね。これは楽しいこと以外にも苦しいこととか嫌なこともそうで、同じ事をずーっとやってると感覚が鈍ってくる。

飽きるってなんなんだろうなぁ…。人間以外の動物で飽きるってあるだろうか?学習した結果その行動に意味はないと悟って止めたり、単純に疲れたりして行動を止めることはあるだろうけど、飽きるってあんのかな。よくわからんが人間特有のもののような気もする。


なぜこんなテーマを取り上げるかというと、この「飽きる」という現象によって僕らの幸不幸の度合いがえらく左右されているんだなぁって思うからなんだよね。すごくハマった小説があったとしても、何回も何回も読んでると飽きるし、どんなに大切な人だと思っても24時間そばにいたら流石にうっとおしい。でも時間が経つとまた以前感じた幸せを噛み締めることが出来るようになってる。意味がわからん。

なぜそうなってるのか理由はわからんけど、現象としては振り子なんだよね。退屈だ~ってところから何かをやり始めて、めちゃくちゃ楽しいー!幸せー!って時期(振り子の一番下)を通りすぎて、でもずーっとそれをやってると今度は嫌気がさしてきてもう見るのもたくさんな状態になる。で、しばらくするとまた振り子が戻って「自由とはこんなに素晴らしいものなのか!」(振り子の一番下)とか言い始めるんだけど、それも行き過ぎると暇すぎて自分はなんて不幸なんだと思うようになる。以下繰り返し。

食事でも趣味でも仕事でも睡眠でも何でもいいけど、この振り子現象に当てはまらない幸福感ってあるんだろうか。どうも僕には無いように思われる。

哲学の本をこれまで真剣に読んだことがないのでよくわからんのだけれど、「幸福論」と呼ばれるジャンルの話っていうのは、おおよそこの2種類の状態に当てはめることが出来るっぽい。つまり「快楽主義(退屈だから好きなことしよう)」と、「禁欲主義(あれこれやっても苦痛だから節制しよう)」。

で、もうバッサリ言ってしまうけれど快楽主義も禁欲主義もどっちも人にとっての幸福にはならないんじゃないのって僕は思う。だって人間の感情って振り子みたいなものだから、快楽が欲しい時もあれば禁欲したい時もあるよね。どっちか一方に偏ってもダメな気がする。まぁ僕の今の生活は間違いなく快楽主義よりではあるけどね。

僕が受験勉強をしていた高校時代というのはそれはもう禁欲の塊みたいな存在で、仙人みたいだったなって自分でも思う。毎日規則正しく寝ては起き、よく学びよく動き、健康志向も異常に高かったので食事もきちんと採っていた。ジャンクフードを食べたり夜更かしをしたり、何日も漫画やゲームの世界に浸ることなんて一切なかったなぁ。当時の僕が今の僕を見たらショック死するんじゃないだろうか。

今が楽しければそれでいい派と将来のことをきちんと考えよう派の戦いもこれだよね。前者は快楽、後者は禁欲。でも残念ながら人間は振り子らしいので、将来を見据えつつも今を楽しむことが求められてるみたいだなぁ。

振り子であることを自覚しないまま生きてると結構痛い目を見るなって感覚が僕にはあって、例えば快楽主義を突き詰めても案外幸せじゃないなーってのは誰しも経験あるように思う。常に堕落した生活を送り続けるのって相当な苦痛になるしね。朝起きるときも、二度寝とか三度寝までは出来ても四度五度というのは普通は相当キツイ。食べ物にしても娯楽にしてもそうだよね。

じゃあ日々を慎ましやかに節制した生活をするのはどうかというと、これもこれでやっぱり幸福感が得られないんだよなぁ。僕の高校時代の経験から言わせてもらうと、極端に節制した生活を送り続けると「プライド」が鬼のように固まってくるんだなってことがわかった。「自分はこんなにも人として立派な生活をしている」とか、「周りの人たちはなんて堕落してるんだ」とか、そういう自意識が嫌でも湧いてきてしまうんだよね。

社畜と呼ばれる人たちがニートを批判するのも後者の例に当たると思う。振り子が戻りたいのに(快楽を求めているのに)それを戻さず強引に禁欲を続けていると、自意識がやたら強くなってちゃんと働いてない人を見ると攻撃せずにはいられなくなるんだよなぁ。ごちゃごちゃ言われる方はもちろん辛いけど、言ってる方も常にイライラしているので結構キツイんだよね。親子関係とか嫁姑問題とかもこれに当たるだろうか。

人間だけに特有な(?)この振り子現象にみんな縛られてしまっているような気がするけど、とりあえず対処法としては振り子の流れに逆らわず退屈なら何かして、飽きたら無理せず他の何かをやる、ということを日々繰り返していくしかないんじゃないかな。

これは食事とか睡眠みたいなその日の小さな行動にも出ていると思うし、社畜時代を経験してニート時代に至る、みたいに数年~数十年スパンでも言えそうな気がする。あーそう言えば人間の成長モデルに関する僕の独自理論も発表したいんだった。今度お絵かきしておこう。

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