ゆとりさとるの日々

人として自然な生き方を目指す

会社を辞める「決断」をする感覚  

決断をする


会社にいるのが嫌だとか働きたくないっていう人はたくさんいるけど、じゃあそれで実際に会社を辞めるとなると「それはちょっとなぁ…」と感じてしまう人がほとんどだよね。確かに会社を辞めるのが良いのか悪いのかはそりゃわかんない。辞めてどうしたらいいのかもよくわかんない。でもそれでも会社を辞めた人って僕を含めて少なからず居るわけで、じゃあその違いってなんなんだろうなぁって最近よく考える。



それは一言でいうと「決断をする」っていうことなんだと思う。で、決断をすることって人生の中でそうそう無いことなんだよね。

「判断」と「決断」の違いって今までの記事で書いたことあったっけな?
「判断」は答えのある、予想の出来る選択肢の中から最良のものを選ぶこと。「決断」は答えのない、予想の出来ない選択肢の中から最良のものを選ぶこと。だから、僕らは普段の生活では「判断」は無数にしてるけど「決断」はほとんどやってない。

答えのない事、未知な事なんてやる必要ないしね。ここで言う「未知」っていうのは自分が知らないとか経験したことがないっていうレベルではなくて、「全く何の予想もできない世界に飛び込む」っていうことなんだと思う。

例えば初めてジェットコースターに乗るのは「自分が経験してないこと」ではあるけど、そのアトラクションが終わって降りてきた人を見て「あーこんな感じでみんな無事に出てくるんだ」って様子を見ることで自分もそんな感じになるんだろうって予想することはできるよね。それは未知を経験したとは言わないってこと。

未知を経験するっていうのは、決断をするっていうことなんだと思う。今じゃみんな当たり前のように食べてるけど「これを初めて食おうとした奴の心境とは一体どんなものだったんだろう…」とか思う食材ってたまにあるじゃん。

なまことか海老とかカニとかそうだし、ニワトリなんかも初めて食おうとした奴は相当ヤバイと思うんだよなぁ。ニワトリを食べるならハトもカラスも食おうとするだろうし。そういう人は決断して…いや、これは決断なのか?ちょっと僕の思ってるニュアンスとは違うけど、でも決断なんだろうな。

まぁ未知の食材に対する挑戦心はさておき、なんでそんなリスクをおかしてまで「決断」なんてする人が出てくるのか、ということを実体験を踏まえてここに記しておきたいと思う。

さっきも書いたように自分にとって未知なことなんてやる必要ないし、保険も無しに予想の出来ないことやる奴なんて基本的にヴァカでしか無いんだけどさ。でも、それでもやらざるを得ない心理的な状況っていうのが有るわけなんだよね。

どういうことかというと僕は会社で働くのがたまらなく嫌で、これは我慢すればどうとかいうレベルじゃなく「このまま働き続けたら精神的な意味で確実に死ぬ」っていうレベルだったんだよね。しかもその殺され方がまたいやらしくて、「一見ガラスで出来たしっかりした足場のように見せかけて、実はどんどん溶けていってる氷の上に立たされてた」みたいな感じなわけよ。

「え?あれ?」みたいな。「ちょい!?これガラスじゃなくて氷じゃね!?!?」ってことに僕は気付いてこれはヤバイと思ってるんだけど、でもみんなそんな疑問なんて持ってる感じもなくて、わりと普通に平然と氷の上で生活してるんだよね。

「これは…間違いなくそのうち溶けて割れて真っ逆さまに落ちるで…」って思うんだけど、でもじゃあそこから飛び出して別の足場に行こうと思っても、そこは真っ暗闇の空間なわけ。

「このままじゃヤバイ…。ヤバイけど、でもこの足場以外の場所なんて真っ暗闇すぎてどうなるかわかったもんじゃない…。もしかしたら足場なんて無くてそのまま落ちてしまうかもしれない。だったらこのままここに留まるか…?いやでも間違いなくここは氷だし、今もどんどん溶けていってる。ここから見える他の足場に移っても多分どれも全部氷だろう…。うわぁあジリ貧だ…。」

「駄目だ。このまま氷の上に立ってても何の解決にもならない。ここはそれなりに日の当たりもいいしご飯もあるし快適だけど、足場が崩れるんじゃ何の意味もない。不安でしょうがなくて夜も眠れないのなら、いっそのこと真っ暗闇の空間に飛び出した方がまだ希望があるんじゃないだろうか…?」

僕が会社を辞めるときの心境ってこんな感じだった。当たり前だけど僕だって決断なんてしたくない。未知なことなんてしたくない。でもそうせざるを得ないことに「気付いてしまった」以上は、もう今までと同じ感覚で安穏とした毎日を過ごすことなんて出来るはずがなかったんだよね。

そんな感じで僕は真っ暗闇の空間に飛び出すことにした。大げさな表現かもしれないし「そんなのどーってことねーよ」って思う人もいるだろうし今の僕ならそう思えるけど、でも当人にとっては「未知」なわけで、「未知に対する恐怖」ってそういうレベルなんだと思う。

つまり、「怖くてもそうせざるを得ない」、「そうしなければ明日を乗りきれる気がしない」、「そうしなければ自分らしさが死んでしまう」っていう状況が決断の時なんだろうな。いっそ死んだほうが楽なんじゃないかってぐらいに追い詰められてもなお、生きるために恐怖と戦っていかなきゃいけない。

判断だけで人生を乗り切れたらどんなに良いだろうって思うけど、それはやっぱり難しいのかもしれないな。その人にあったレベルで、その人にとっての「決断」をする時が必ずやってくるんだと思う。自分が今いる足場が「溶けていく氷」であることに気付くっていうのは、ある意味「決断のための準備が整った」ということなのかもしれない。

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category: 人間

コメント

まさに俺だね

耳の痛い話です。
決断はやっぱり難しいですね…

ゆとりさんは
「決断」は答えのない、予想の出来ない選択肢の中から最良のものを選ぶこと。
って書いてるけど、本質は字の通り

断つことを決める

ことにあるんじゃないでしょうか。

URL | かたやまさん #z8Ev11P6
2013/05/29 23:13 | edit

Re: まさに俺だね

>>かたやまさん

決断なんて自分からするものじゃないし、時期が来れば自然と決断せざるを得ないことになると思います。焦らなくてもいいんじゃないでしょうか。何がいいのかなんて、ほんと人それぞれですし。

断つことを決める!まさにそうですね。決断には必ず失うものがありますから、そういうことなのかもしれません。

URL | ゆとりさとる #-
2013/05/29 23:51 | edit

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