ゆとりさとるの日々

人として自然な生き方を目指す

恋愛とか結婚について語ろうと思う  

恋愛


「自然な生き方を目指す」っていう時に、僕の感覚だとついつい「生きる≒仕事」みたいに思ってしまうところがあって、とりあえず仕事に対する不安とか悩みを取り除かないことには他のことなんて考えられねー!って感じなんだけど、「自然な生き方」を考えた時には仕事だけじゃなくて親子とか家族とか恋愛についてもやっぱり考えなくちゃいけないんだと思う。というわけで今回はゆとりさとるの思う恋愛観とか結婚について語ろうと思う。



まずは恋愛についてなんだけど、「好き」っていう言葉ってあるじゃない?僕はこの言葉には大きく分けて2つの意味があると思ってる。1つは「自分にとって都合が良い」という感情、もう1つは「相手に惹かれる」という感情。

「自分にとって都合がいい」っていうのは男女関係なくとても嬉しい感情なんだよね。言われる前にやってくれるとか、気を遣ってくれるとか、自分が暇な時におしゃべりしてくれるとか、おごってくれるとか。で、それは確かに嬉しいことではあるんだけど、でもいつまでも自分にとってずっと都合が良い存在になんてなってくれるわけがないんだよね。恋人を「作る」感覚で恋愛している人は大体このパターンな気がする。終わり方もあっけないというか、都合が悪くなったらさようならっていう感じなんだと思う。その付き合い方は一言でいうと「ただの欲望」なんだよね。

続いて「相手に心が惹かれる」という感情。これは付き合うとか付き合わないみたいな「形」に拘らなくても、なんかこう自然と「一緒にいたい、相手のことをもっと知りたい」と思える感情で、さっきの「自分にとって都合がいいタイプの好き」よりは随分と真っ当な感情って言える。

ただ、「本当の意味でその相手に対して心が惹かれているのか」というと、これは実はかなり微妙な問題だと思うわけよ。なぜならそれは「所有欲」と常に紙一重の関係にあると思うから。極端な話だけど、相手のことをお姫様だとか王子様だとかって特別視している間って、単なる所有欲なんじゃないだろうかって僕は思ってしまう。なんかこう、相手に対してすごく求めてしまっているわけよ。自分に無いものを求めているのか共感を求めているのかは知らないけど、それってなんだか暑苦しいんだよね。そういう意味での「心が惹かれている」っていうのは、実は「自分にとって都合がいい」ということの裏返しなんだろうなって思う。

じゃあ「本当の意味で心が惹かれる相手ってどんな相手なのか?」という話だよね。それは都合の良さを求めるわけでもなく、愛という名の押し付けがましい所有欲でもなく、「自分にとっての良きパートナー」っていう感覚なんじゃないだろうかって今の僕は思ってる。

パートナーというからには何か目的があって一緒に走るわけだけど、恋愛の期間っていうのは自分のパートナーとして信頼できるかどうかっていうのを考える期間なのかなぁって思う。だから結婚までの付き合う期間が短い人もいれば長い人もいるんだろうね。たださっきも言ったように「信頼できるかどうか」っていうのは「自分にとって都合が良いことをいつまでもしてくれるか」とか、「自分の理想の相手で居続けてくれるか」みたいな話ではないっていうことね。あくまで「目的」に向かって一緒に走って行ってくれるかということなんだと思う。

結婚っていうのは言わばその契約の証というか、合意のサインなんだろうな。単なる儀式なわけ。だから結婚すれば幸せとか思ってる人って勘違いも甚だしいなぁと思う。だって結婚はあくまでも目的に向かって走るためのスタートラインに過ぎないんだもん。

じゃあその「目的」って何なのかっちゅー話ね。これこそが一番の本質であり最初に語るべきことだったんだけど、それは「相手のことを理解しようとする」ということなんだと思う。相手のことを理解しようとすることで、同時に自分という人間を理解することができる。そうすることで「より自然な生き方」ができるんじゃないかなぁ。

「は?何いってんだコイツ」と思われた方もすごく多いと思うんだけど、僕は本気です。いやでもそう言いたくなるのはわかる。だって普通、恋愛とか結婚の目的がどうとかって言ったらさ、「幸せ」とか「子ども」とか「笑顔」とか「温かな家庭」とかそういうキーワードが出てくるはずじゃん?でもさっきの段落にそんな単語一回も出て来てないわけよ。

なんだろうな…。そもそも恋愛とか結婚に対して自分は何を求めているのか?っていう話なんだよね。もちろん幸せになりたいっていうことなんだけどね。僕もそうだし、それは何も結婚に限った話じゃない。仕事だろうが趣味だろうが幸せになりたいことに変わりないわけだし。ただ、結婚というとなんか甘いイメージがはびこっている感じがあって、それがそのままま幻想的な幸せであったり、相手に対して何かを要求しているような幸せであったりすると、これはひどく痛い目に遭うんじゃないかなぁって僕は思うわけ。

大体、親とか見てるとなんとなくわかるじゃん。なんでこの2人今でも一緒に生活してるんだろうとかふと考えてしまうことってあるんだよね。お金が山ほどあって子どもが居なくなったら別居してんじゃねーかとかさ。それに世間には離婚してる夫婦なんて山ほど居て、それはやっぱり結婚の目的を履き違えていたからなんじゃないかなって僕は思う。快楽とか癒しとか刺激を求めるのは悪いことではないけれど、そんなに良いことばっかりじゃないと思うんだよな。

あくまで目的は「自然に生きる」ということ。そして自分にとっての自然な生き方を知るためには、自分という人間をよく知らなきゃいけないんだよね。その手段として「結婚」があるんじゃないかなぁ。一人の異性と向き合うことで、自分という存在をより深く知ることができるということなんだと思う。

だから、別に結婚しなくても幸せに生きてる人ってたくさんいると思う。仕事なり趣味なりで「自分にとっての自然な生き方を模索する方法」を他に持っている人にとっては、必ずしも結婚することが必要ということではないんだろうね。

けれど、異性と一緒に生活するっていうのは学ぶことや知らされることがすごく多くて、心が豊かになるとは思うんだよなぁ。まぁそう思うのは僕が個人的に人間好きだからっていうだけなんだけどね。でもそれでいいんだと思う。その人にあったやり方で、「自然に生きる」ということを実践していければ。

結婚は自分を知るための手段であるということ。それは相手を知ろうとする、理解しようとすることから始まるということ。でも他人を理解することなんて一生かかっても無理だから、だからこそ結婚して、年をとっても一緒にいることに意味があるのかなぁって僕は思うんだよね。

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category: 人間

コメント

たぶんパートナーをつくることって、初めて近親の人間を自分の力でつくることだと思います。(初めてと言わず、何度もしていいと思いますが。)
ゆとりさんの記事を読んで、パートナーの存在は、より生き方が自然になると私も思いました。
愛することって難しいと、言うわりには子どもの時からよくクラスメイトに恋していたし、いくつ歳を重ねても人を好きになってしまいます。たぶん私は本能的に他人を求め、そして自己発見をしてきたのではないかと。
近しいポジションに並ぶ人間をつくり、その存在ゆえに自分の存在を味わえて、生きてる感じがして、心地よく感じるのだと思いました。

URL | ユキ #UO8fRM3U
2013/05/26 20:56 | edit

Re: 恋

>>ユキさん

コメントありがとうございます。
パートナーにの存在に限らず、手段はなんでもいいんだと思います。仕事でも結婚でも学問でもスポーツでも、自分の心と自然な在り方を発見できる何かであれば。でも何でもいいのであれば、どうせなら自分が楽しいと思えることとか興味が持てることがいいですよね。そういう意味でユキさんにとっては恋愛というか、近しい存在から感じ取るものが大きいのかもしれませんね。

URL | ゆとりさとる #-
2013/05/27 07:46 | edit

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