ゆとりさとるの日々

人として自然な生き方を目指す

【コメント欄より】ゆとりさとるは食っていけるのか?  


相談とかお礼とかではないけれど、「あんたそれで本当に稼いでいけるの?」というコメントを頂いたので、あーそういやそういうことってあんまり記事にしてなかったなぁと思って、ちょうどいい機会なので記事にさせていただこうと思います。


名無しさん

確かに頭はいいんだろうなぁとは思うけど
所詮一年正社員で働いただけで人生経験が薄いような気がします

今後人の相談に乗って食って行くつもりですか?

やりたいことやるとか記事の内容には納得するけど
あなた自身が飯を食えるようになったとか
なにか実績がないと…なんか説得力無いですよね

会ったこともないからわからないけどなんだかなぁって思います
スカイプ会議も聞いたことないのにコメントしてしまいましたが。すみません


相談で食っていく気がないしだから寄付なんだよね なんかすみません

自分としてはゆとりさんの会社やめてたどり着いたやりたいこと?が今の活動?なのかもしれないけど
もっと具体的な形が欲しいと思ってしまったと言うか


て言うかぶっちゃけ飯くっていけるの?って思ったり


やっぱり最初からブログ読んでるけど私の価値観には合わないと言うか なんか微妙に納得出来ないんですよね・・・・


コメントありがとうございます。一見批判されているようですが、記事の内容には納得してもらえていたり、最初から記事を読んでもらえている辺りに暖かさを感じます。

頂いた疑問についてですが、「もっと具体的な形が欲しい」という所が一番の焦点だと思います。まぁブログを書いて人の相談に乗って集まる会を催して、という行動を取っているのでそれが形になっているわけですが、あなたが言いたいのはそういうことでなく、「生計を立てるための稼ぐ仕組みが出来ていないじゃないか」ということですね。

全くもってその通りです。なぜなら僕は「稼ぐ仕組み」を意図的に避けてるからです。「これをやったからいくら」「あれをしたから何円」という、どんな時代でも当たり前の「稼ぐための仕組み」を無視して動いています。僕は自分のためにやってるのでそういう意識はないですが、慈善事業って言われてもそんなに間違ってはいないかもしれませんね。一応、お返しを頂くための寄付のコーナーは設置していますが、払う払わないは読者の方の裁量に委ねてますから、僕が安定して食ってける保証はないですね。

けれど僕はそれで良しとしています。なぜなら稼ぐための仕組み作りを一生懸命に頑張って作った所で、僕にとっては何ら充実感にならないからです。それは僕の人生にとって意味をなさないのです。お金あったら死ぬのがちょっと遅くなるかなぁ、くらいの感覚ですね。

「いやおかしいだろ…意味なんてなくても長生きしたいし、お金は安定して欲しいと思うもんじゃないか…」というのが普通の感覚ですし、数年前までは僕もそうだったのですが、その考え方の矛盾点や限界に気付いてしまった以上はもうその頃には戻れないんですね。僕は死ぬまでただ自分が充実すると思うことだけをやり続けるつもりなんです。それだけが自分にとって本当に意味のある、何より優先されるべきことなんだということを、実際にこうして実行できるくらいに痛感したということでしょうか。

なので、なんだろうな。名無しさんの疑問というのは、僕にとっては優先順位の低い、取るに足らない疑問ということになりますね。「いやいや私にとってはそうじゃないし。お金を稼ぐってすごく大切だし」と思われていると思うのですが、僕はこういう人間であるとしか言いようが無いんです。同じ世界に生きているけれど、見ているもの・感じているものは人によって全く違うんでしょうね。

まぁあえて僕の行動をビジネスモデルという枠に押し込んで説明するなら、これはある人から聞いたことなんですが、江戸時代以前の「僧侶」の生き方になると思います。僧侶は寺で仏教の教えを人々に伝え広めるんですが、それを聞いた人が「今の話を聞いてとても納得した!いい話を聞けた!」と思ったら僧侶にお布施をします。これは別に相談料を要求しているわけでなく、あくまで相手の好意で、喜んでお金を払ってもらってるわけですね。

江戸時代以降は僧侶というと葬式でお経を上げるだけの存在みたいな感じになって、一般市民がありがたい話を聞くなんてことは無くなっていったのですが、僕が目指してるのは結果的には僧侶的な生き方なのかもしれません。僧侶になるつもりなんて全くないけど。

あとはそうですねぇー…。これが何よりの実績だと僕は思っているのですが、実際に僕は今こうして生きています。もちろん家も食事も親が提供してくれているわけですが、親は僕にとってのパトロン(出資者)というわけですね。「いい年して親に面倒を見させるなんて情けない」という一つの価値観があることは知っていますが、僕に言わせると「親という出資者との交渉に成功して衣食住を確保した」という感じでしょうか。要は生きられれば何でもいいんです。親がどうのこうのというのは唯一絶対の価値観ではなく、プライドがあるかないか、というだけでしょう。もちろん、老後の面倒はきちんと見るつもりですよ。

僕の弁明としてはこんな感じです。名無しさんは、名無しさんにとっての現実に立ち向かって、自分が信じているもののために動いていくしかありません。これはもちろん僕も一緒です。何を信じているか、どんな現実に立ち向かっていくかの違いがあるだけです。なので、僕と名無しさんは一生相容れないかもしれません。というか、人間なんてホントはみんな違う生き物なので交わることなんて無いんです。けれど、それでも僕はいつかあなたと笑って酒でも飲みたいなぁと思ってしまうんです。あー、そんな日がくればいいなぁ…。

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category: 悩み相談

コメント

どうなんでしょう・・・

>「僕は死ぬまでただ自分が充実すると思うことだけをやり続けるつもりなんです。それだけが自分にとって本当に意味のある、何より優先されるべきことなんだということを、実際にこうして実行できるくらいに痛感したということでしょうか。」

共感する部分も多いのですが、その「自分が充実すると思うこと」を死ぬまでやり続ける環境を維持するのに、お金が必要になるのではないでしょうか。例えば、ブログを書くにしても、ネットにつながったPCにアクセスできる環境が必要になるわけで。
(もちろん体を壊すまで働いては本末転倒だと思いますが。)

URL | 来年から働く人(ニヒリスト) #LJ2oi0Pg
2013/05/08 18:05 | edit

Re: どうなんでしょう・・・

>>来年から働く人(ニヒリスト)さん

確かにおっしゃるとおりですね。僕もお金を得ることを全否定しているわけでなく、寄付をお願いすることで活動を継続させようとはしているわけです。僕の今の生活スタイルだとまだ当分なんとかなりそうなので、その時間を使って次の活動のための資金繰りをすることになるでしょうね。

あとはなんというか…僕はその人にとって本当に必要なものって、意図しなくても自然と手に入る気がするんですよね。お金にしても環境にしても、なるべくしてそうなってる部分ってあるなぁと思うんです。だから僕が悩んで考えて出した結論が根本的に間違ってるならお金が無くなってもうどうしようもないってことになるでしょうし、そうでないなら生きていくくらいのお金は自然と集まるような気がします。すげぇ楽観的ですけど、そんな気がするんです。

自分で自分の人生を試してるって感じでしょうか。コントロールしようとするんじゃなくて、力を抜いて流れるままに流されようかと思ってます。それは今までいろいろもがいて抵抗してなんとかコントロールしようとしていたけれど、それは結局無理なんだなってことに気付いたからだと思います。

URL | ゆとりさとる #-
2013/05/08 18:20 | edit

今日コメントした名無しです 丁寧に回答して下さってありがとうございました


何て言うかいい人そうだなぁ って思いました笑

ただのコメントにも誠実に返信対応してくださったし

でも欲が無いんですねぇ・・・・・後ぶっちゃけ恵まれてますよねww

みんな欲しいものや飯が食えないから働いたりするんだと思いますもちろん私も何か得るために欲があるから働いています

これからどうなるかはわかりませんがこれからある程度の強さとかも必要になってくるかと思います

年取って周りはみんな結婚していったり変わっていく もちろんあなたも結婚するかもしれないしわからないですけどね

何て言うかいい人そうではあるんだよなぁ笑


まだ若いですしね


今までの形になった肩書きや努力はずっと見方をしてくれると思います

私は貧乏だしそこまでめぐまれてないし欲があってよかったです


そこまでやる精神力もないし


多分ゆとりさん女だったら普通に専業主婦とかになってそうですよねw


それではそれでは

私も人のこと言える立場ではないですが今自分が出来ることを頑張っていきたいと思います


それが私が幸せに繋がると思うからと言うかそれしかないから

でわでわ

ありがとうございましたm(_ _)mマタネー

URL |  #-
2013/05/08 19:13 | edit

こんばんは

記事を拝見させていただきました。
正直、私も記事中の名無しさんやコメント欄のニヒリズムさんの意見に共感できる部分があります。
多分、皆さんゆとりさとるさんの目指す具体的な方向を参考にしたいのだと思います。
かくいう私もその一人です。
もし会社辞めたい人たちに道を示そうとするなら、生き方を真似できるようにしてあげなければならないのかもしれませんね。これは難しいですよね、、、

※ここからは本当に偉そうなことばかり喋ります。お気に召さない場合は速攻削除してください。申し訳ないと思いつつも私の思うところを語ります。

ここのサイトで印象に残っている記事があります。夏目漱石の自己本位について書かれた記事です。他人本位とは他人の敷く道を歩くようなものです。一方自己本位とは周りに左右されず、自己の価値観に則って生きることであると承知しております。まあこれが難しいわけですが。
夏目漱石の晩年の思想にはもう一つ「即天去私」というものがあります。
わざわざ説明するのは釈迦に説法で恥ずかしいのですが、皆さんにもわかりやすいように話します。実は私たちが抱いている会社を辞めたいという気持ちだとか社会の価値観との相違だとかいうのは明治時代から非常に大きな問題として捉えられてきました。それまで士農工商で自分の役割をきっちりと決められていた(しかも世襲制で完全固定化)時代から西洋の文化が入って四民平等になりました。しかしこれはあくまで西洋の文化であって、日本人にピタリと当てはまるものではなかったのです。例えば武士は主君に仕え、主君の前で討ち死にすることを生の最高の充実としていたのです。家を守るというひとつの価値観のために死んでいったんです。だから燃えるように生きることができたんです。しかし四民平等で我々は空に放り出されてしまった。何のために生きることもできない苦しみが明治から始まったんですね。これが夏目漱石や森鴎外が苦しんだ「近代的自我」というものなんです。で、夏目漱石が至った「即天去私」とは無私のことなんです。近代的自我の苦しみを文学で克服すること、すなわちどのような日本人になるべきなのかを書こうとした。これは自分のためではなく我々日本人のために漱石が立てた無私の目標、使命だったんです。漱石は武士のように文学をやっていきたいと語っています。これは明治以前の日本人への回帰だと思うのです。つまり武士のように自分以外のものに価値観を抱くことで燃えるように生きられると気づいたんです。三島由紀夫なんかをよく知ると同じことを考えていたことがわかります(よく誤解されてますけど)。2人とも人のために死すこと、それが生の充実だと言っているんです。偉人にも多いです。チェゲバラは他国の人たちのために死んだ。カストロから名誉ある小さいを約束されたにも関わらず幾度も戦場に赴いて人々のために戦って散った。だからカストロと違って英雄なんですよね。私が思うに自分のために生きるのって充実とは違うんですよ。虚無感がついて回る。で、武士の時代より今の方が幸せってみんな思ってますが、本当にそうでしょうか。自分の外に価値観をはっきりと置けない時代こそ不幸だとも思います。筋の通ってないフニャフニャの人生になってしまう。やりたいことってそういうことなんじゃないかと思うんですよ。やるなら筋を通す、なんかヤクザみたいですけど、そういう仕事こそ周りの人も応援すると思うし、自分の人生も充実する。
明治から連綿と続く近現代自我の苦しみの答えとして、他人のために死すという生き方を考えなくてはいけないのかなと思います。
とくにこの現在においては、、、誰も命をかけて仕事をしてない。
働くことって本来は燃えるように生きることなんだと思います。漱石は早くそれを見つけろと言っている。そのためには社会の常識や価値観と逆行してでも見つけなければならない。会社を辞めるならそうであってほしいなと思うのです。今から辞める人はそうであって欲しいと思うのです。仕事をする人は燃えるように死んでいって欲しいのです。ここに来るような仕事辞めたい人たちって明治からの社会への違和感を無意識に感じ取っているし、辞めたところからの生の飛躍を求めているんですね。そこに希望を見せて欲しいというのはワガママだけど本心かなあと思います。


以上です。
そもそも記事に合ってないし長いしまとまってないしすぐ削除してもOKです。

URL | 鞠 #-
2013/05/08 22:16 | edit

Re: タイトルなし

>>名無しさん

僕は欲が無いのではなく、欲望を満たしていっても何も残らないことを実感した経験が何度かあったから、欲望を追うことに何の興味も無くなっただけです。欲自体はありますよ。
恵まれているという部分については、まぁそうかもしれません。なんだかんだ好きなことだけ考えられる環境に生まれることが出来たんですかね…。
こちらこそコメントありがとうございました。また何かの機会にブログ見てもらえると嬉しいです。

URL | ゆとりさとる #-
2013/05/09 00:19 | edit

Re: こんばんは

>>鞠さん

コメントありがとうございます。鞠さんの熱い思いが伝わってきますね!ぜひ対談でもしたいと思うところです。
働くことについては、実は近々「ゆとりさとるの仕事論」を書こうかなと思っていたところでした。ただ、仕事のことだけでなく僕が一番伝えたい思いとしては「常に今の自分に疑問を持ち、他者に委ねるのでなく自分で決めていく」という生き方をして欲しいということです。

僕は自分がやってること(ブログとか相談とか)をみんなにやって欲しいとはさらさら思ってないですし、やりたいことをやるのが一番良いという、ただそれだけを思ってるんです。それを自分で発見して自分で実践して欲しい。その時一歩踏み出すのが怖いというなら、その時は僕のブログを見て頂ければということですね。

なので、僕はみなさんの先に立って誘導するつもりはありません。道を指し示すつもりもありません。もちろん個人的に「こうなったらいいなー」っていうのはありますし、参考にはしてもらえればいいんですけど、それって所詮はただの一市民の意見です。僕に出来るのはただ、背中を押してあげることだけです。そうでないと、依存する対象が親とか世間から僕に変わっただけになってしまいます。

「武士のように自分以外のものに価値観を抱くことで燃えるように生きられると気づいた」
この一文についてですが…。きっと鞠さんは義や情に厚い方なんだろうなぁと思うのでここで言うのははばかられるのですが、僕は最近この考え方とははっきりと決別する必要があるなと感じました。武士や漱石の仕事観というのは、一言で言うと「自分の死に場所を求める」という価値観なんだと理解しています。主君のため、日本のため、家族のため、会社のため。そのためになら自分の命をささげてもいい。自分の生きる意味はそこにある。そう思えるもの、言わば「死に場所」を求めて生きて、そのために人生を尽くすという考え方です。

鞠さんがおっしゃるように、自分たちのために生きるのは充実ではないというのは、確かにその通りです。自分の欲や夢のためだけに生きたって、虚しいだけです。しかし、他者のために生きるというのも、実は同じくらい虚しいものなんです。なぜこう言い切れるかというのは、出来れば寄付して頂いたお礼として付けている電子書籍を読んでいただきたいのですが、とにかく僕はそう言い切れるんです。実際、夏目漱石の死に際というのは、彼が残した数々の名言や則天去私という価値観からは程遠いものでした。これは調べてもらえるとすぐにわかります。

では自分でもなく他者でもなく、一体どこに本当の人生の充実があるというのか?については「ゆとりさとるの仕事論」に書こうと思っていますが、結論だけ先に言うとそれは「自分の良心」であると僕は思っています。これはまた詳しく書きますので、楽しみにしていてください。きっと鞠さんにとっての新しい価値観になると思います。

URL | ゆとりさとる #-
2013/05/09 00:54 | edit

人生観、仕事観について色んな意見があるんだなぁと面白く読ませてもらいました

あんたそれで本当に稼いでいけるの?

という意見は結局の所 親や周りの人に依存しないで 自分で仕事をとって経済的に早く自立しろ という事だと思うのですが
現代の日本社会のような 産業時代の考え方にあまりにも縛られすぎている社会の風潮はあまりよろしくないと思います
事実一流大学に行き 一流企業に勤める事が素晴らしい人生だと考える人が多数おり(別段そういう人生を否定している訳ではありません) 不労収入で生きていこうという価値観だったり フリーター、ニートは社会のクズといった意見。。。
社会に蔓延る価値観に従えない人間を徹底的に排除するような旧来からの社会システムの方に問題があると思います
大学を出たら会社が老後も面倒見てくれるような企業に勤める
これは会社から収入を得てはいるけれど とどのつまり会社に経済面で依存してしまっている という事
さとるさんが親に経済面で面倒見てもらっている事となんらかわりのない事のように私には見えてしまいます

そんな事を言っても 完全に経済的に自立する 事を全ての人間が出来る訳はないので ある程度お互いに共存するという形でうまくやっていくしかないとは思うのですが。。。

今問題視されている様々な社会的課題の根本的な原因は

めまぐるしい変化によって 世界のルールが変わっているのに対して 我々人類の物事の考え方はちっとも変わっていないという事

そしてもう一つは 学校教育というのは 
既存の職業に就くためにはそれなりの意味を持ちますが
実際の「お金」については何も教えない
規定のレールにのっかっていれば一生安心で幸せになれるんだ
という大嘘を吹聴するだけの場所である
そこを変えていかない限り 良い方向にはいかないだろうなぁと思っています

*大嘘と書きましたが 学校に通い安定した企業に入る 若しくは 職業に就き、自分たちの負債のために一生を仕事に費やす という人生が素晴らしいと考えている方にとっては真実になるのだと思います
その辺は個人が何を求めているかに拠るのでしょう

さとるさんの意見も名無しさんの意見も良く分かる
ただこればっかりは本人がどう感じるか であるので
なるようにしかならないのでしょう
いち読者として応援しております
是非悔いの無い人生にしてもらいたく思います

URL | 匿名 #-
2013/05/10 15:09 | edit

Re: タイトルなし

>>匿名さん

「完全に経済的に自立する 事を全ての人間が出来る訳はないので ある程度お互いに共存するという形でうまくやっていくしかない」
そうですね。人もモノもサービスも、どれもがお互いに持ちつ持たれつの関係で必ず何かに依存して生きてるものなので、だからこそ今の自分に出来ることをやっていくということが大切なんでしょうね。

「今問題視されている様々な社会的課題の根本的な原因は めまぐるしい変化によって 世界のルールが変わっているのに対して 我々人類の物事の考え方はちっとも変わっていないという事」
僕はむしろ「人類の物事の考え方は太古の昔から変わらないものに、世界のルールが変わったおかげで生きづらくなった」と思ってます。その「ルール」の中には匿名さんがおっしゃる「戦後の学校教育」も含まれるのではないでしょうか。まぁどっちであれ行き着くのは「今の自分たちに合った考え方をして、今の自分たちが生きやすいルールを作る」ということなんでしょうけどね。

応援ありがとうございます!これからもちくちくと記事を更新していきますので、たまに読んで頂けると幸いです。

URL | ゆとりさとる #-
2013/05/11 05:52 | edit

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