ゆとりさとるの日々

人として自然な生き方を目指す

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【相談メール】20代男性の方から【ニートの心構え】  


しばらく続いた「悩み相談」カテゴリーもひとまず今回で終わりそう。あと、今後はブログに書かれたコメントについて、もしかすると僕の独断で記事にしていくかもしれないです。過去に書かれたコメントも掘り返して記事にするかも…。みんなに見える場所に書かれたコメントだから、多分大丈夫…だよね…。

今回はニートの心構えについて、そして無気力の正体と回復方法について書いてます。あれ、なんだろう、これ一文だけ見ると僕は医者か何かなのか?まぁどうでもいいけど。



はじめまして
自分は今年大学を卒業した22歳です。
ブログを見てとても親近感が沸きました。(勝手に沸かしてしまってすいません)
自分は現在ニートです
大学時代就職活動をしたのですが大失敗...
親にも申し訳なさすぎてひきこもりがち
これから先の未来に全く希望が持てません
何か行動をしないといけないことはわかっています
でも何かをする想像をしてもすべて悪い方に行ってしまいそうな想像しかできません
駄文で申し訳ないんですがこんな自分にアドバイス頂けないでしょうか
よろしくお願いします。

はじめまして。

今年卒業したということは今日からニートっていうことですか?
おめでとうというかなんというか、いらっしゃい?みたいな?
アドバイス…と言えるかはわかりませんが、伝えたいことを書きたいと思います。

まず、「親に申し訳なさすぎて」という一文がありますが、出来ればそんなふうに考えないようにして下さい。僕も仕事を辞めてからはずっとそんな風に考えていて、でもそう思えば思うほど自分を苦しめていくような感覚に陥ります。

まずは周りの声、世間の声から離れた場所でゆっくりして、生きてるだけでも十分なんだなって思うようになれればまずは一歩です。実際、生きてるだけで十分なんです。それ以上に価値あることなんてありません。

そうしている内に自分の心が少しずつ癒されてきて、だんだん何かやりたくなってきます。でも、「何かをする想像をしてもすべて悪い方に行ってしまいそうな想像しかできない」のは何故かというと、それが本当にやりたいことじゃないからです。

心はすごく敏感です。
お金になるとかならないとか、世間体がどうとか、そんな損得勘定は一切無視していつも僕らの行動を見つめています。期待を込めて、じっと見ているんです。楽しいことやってくれないかなぁーって。だから、それが出来ないということはそれはあなたにとって取るに足らないことなんです。あるいは、今はそれをするだけの元気が無いんです。自分にとって本当に大切なことなら、その先に失敗が待っていようが何だろうが、立ち向かえるものです。だって大切なんですから。

今までずっと我慢したり耐えたりして、きっと心が硬くなってるんだと思います。親とか世間とか、先生とか友達とか、先輩とか後輩とか、そういう周りの視線に合わせることを頑張りすぎて、自分が喜ぶことをあまり出来なかったんじゃないでしょうか。なので、まずは心を癒すことです。休めてあげることです。親が何か言ってきても、それで慌てて資格の勉強をしたり就職活動をしたりしちゃいけません。自分の心を守ってあげて下さい。今までずっと耐えてきたんですから。そしてそれができるのは自分だけです。

お忙しい中お返事ありがとうございます

そうです今日からニートです
生きているだけで充分なんて考えた事も無かったです。自分は今までスポーツをしていてそれもそこそこの成績を納めることができていたのですが、就活と言う分野で初めてと言っていいほどの挫折を味わいました。恐らくこの挫折がいつも世間の声や評価を気にしていた自分を苦しめていたのかも知れないと返事を頂いてから思うようになりました。

実は以前から部活の時のノウハウを生かしてジムのインストラクターに挑戦してみようかなと思っている自分がいるんです。これなら他の仕事を想像するより悪い方向に行く想像は出てこないんです。なのでさっきアルバイト募集のメールを送信してみました。結果はどうなるかわかりませんが一歩踏み出せた気はします。

ゆとりさとるさんから返信のメールを頂いてどれだけ仲のいい友達でも見抜けなかった心の奥の本当の自分が一撃で見抜かれた事にかなり驚いています。そんなに自分の心は疲れていたんだって自分でもわかりませんでした。昔からこだわっていた損得勘定と言うものを少しやめて生活したいと思います。
ありがとうございました。

そうだったんですか!まさに新しい一歩ですね。

何かに挑戦しようという気持ちは素晴らしいものだと思います。その気持ちを大切にしてください。損得勘定を完全に無くすことは難しいけれど、今までより少しだけでも、自分の心の動くままに生きていっていいんだと思います。自分の心に素直になるのもなかなか難しいですが、少しづつ、やりたいことができる環境を作っていきたいですよね。
これからのこと、応援してます。また何かあったらいつでもメールしてください。

その後、今回のやりとりを記事にしたい旨のメールを送る。

お久しぶりです!!
今自分は派遣のバイトをしながら、ハローワークで仕事をさがしています。派遣のバイトを始めてからぼんやりとではありますが、働きたいと思ってみたり今までの自分とはまた違った発想ができるようになりました。

しかしたまには気持ちが滅入ってしまったり、自分の将来に焦りが出てしまうときもあるのですが、そんなときはゆとりさとるさんのブログやメールを見てリラックスする事にしています。

さて本題の自分とゆとりさとるさんのやりとりの事ですが、こんな自分の悩みなんかで人の励みになるのならいくらでも使ってもらってかまいません!!

確かに今の時代自分と同じような悩みを持っている人は多いと思います。実際ハローワークでも自分と同じような状態の人とも出会いました。そんな人が少しでも前向きになれるなら、役に立てて嬉しいです。
またどんな文章になるのか楽しみにしています。自分のような悩みを抱えている人の支えになってください!!これからも頑張ってください!!


今回、快く記事にすることを了承していただいて、本当にありがとうございます。
ニートになる人はいろんな理由・立場・価値観があってのことなんだと思うのだけれど、今回の相談者の方のキーポイントは、「これから先の未来に全く希望が持てません」という部分にあると思った。これはニートだけじゃなくて働いている人でも感じることだと思うけれど、やっぱり自然な感覚ではないんだよね。
「もうめっちゃ明日楽しみ!これからの人生を考えるとワクワク!」なんていう状態もなんだかあれだけど、「全く希望が持てない」っていうのは流石にちょっと不自然な気がする。「特に何もなく普通」っていうのが普通だろうし。

僕らが明日のことをどう考えようが、太陽は昇ってまた沈む同じ毎日がやってくるだけなのに、どうしてそんな風に感じてしまうんだろうか?というと、それは紛れもなく「心が疲れているから」なんだよね。息を切らしてるのに「どんどん進もう」なんて思えないのは、そりゃ当たり前だと思う。けれど、体についた傷や疲労は比較的すぐにわかるけれど、心についた傷や疲労って自分じゃなっかなか気付けないんだよね。目に見えないし、周囲の人間に自分が弱ってるとこをさらけ出そうってなかなか思えないし。

というわけで、まずは自分で自分の状態をしっかりと把握するところから始めようと思った。これは経験則ではあるけれど、自分の心はいつでも「元気に動きまわりたい、もっとこんなことがしたい」と自分にメッセージを送っているような気がするんだよね。
生活がどうとか世間体がどうとかっていう理由で、日頃から理性でそれを抑えつけてるわけだけど。でも、それを抑えすぎると心だってそりゃ反発してくる。どういう風に反発してくるかというと、「何に対してもやる気がでない」っていう地味でいやらしい形でお返しをしてくるんだよね。

無気力な人間の正体は、そこにあると僕は思う。無気力、だるい、めんどくさい…。それは本人の生活態度だとか、考え方、あるいは人間性によるものでなくて、「心を素直に遊ばせてあげられていないから」なんだと思う。生活態度や考え方、人間性の変化がもし起こっているとしても、それはその「心のストライキ」が起きた後で少しずつ影響が出るせいで変わっていったんじゃないだろうか。

だから僕は「鬱は甘え」という言葉は間違ってると思う。正確には、「理性や意識だけで行動し続けたせいで自分の心が疲れきった結果、生活態度や考え方を無理矢理変えることでその心を守ろうとしていて、結果的にそれらの行動が他人からするとなまけているように見える」ということなんだと思う。あくまで防衛機構としての「無気力」なのだ。

それがわかれば後は非常に簡単で、要するにやりたい放題やればいい。寝たい時に寝る、食べたい時に食べる、遊びたい時に遊ぶ。働きたくないと少しでも感じたら、決して働かない。だって働いたところですぐに疲れるに決まってるもん。
そうやって少しずつ、閉じこもってしまった心を元気にしてあげるしか、他に方法なんてないと思う。周りの環境がいきなり変わるわけでもないしさ。だから、元気になるまでは「自分で自分を守る」ことが大切なわけ。

特に親。これが非常にやっかいな存在で、なんとか頑張って心を休めて、ちょっとでもこっちが元気そうなそぶりを見せると、隙ありと言わんばかりに生活態度を改めるよう言ってくる。そんなことを言われるたびにこっちはことごとく疲れていくんだよね。親はこっちのためを思って言ってくるのはわかってるんだけど、マジで疲弊した自分にとっては外敵でしかなかった。

僕は一時期昼夜逆転の生活をしていた時があって、あれも不思議なもので、心が疲れていると自然と昼夜逆転していくんだよね。多分日光を浴びるのがしんどいっていうのと、あと日中は嫌でも人がたくさん出てくるから、それがまた嫌だったんだろうな。家族がみんな寝静まってからの、深夜のひとときが僕にとっての自由な世界だったのだ。
しかし、そんな様子を見た親は、事あるごとに「ちゃんと朝起きないと」と言ってくる。これはとてもうざい。こっちは今必死に、まるでコップに一滴ずつ溜まっていく水滴を見守るかのように心の回復を待ってるってのに、そんなことしたら全て台無しだ。自分基準で物事を語るっていうのはほんと愚かというか、本当の意味で相手のためになってないんだな、と痛感した。

この相談者の方は「今でもなんだか気持ちが滅入ってしまったり」…と書いているけれど、それもよくわかる話で、もう自分じゃ「元気になったな」と思ってても、心からするとまだまだ本調子じゃないのに、というパターンがあるんだよね。僕もこれに何度やられたかわからない。最大の敵は自分の理性であることにこの段階で気付くんだろうな。もうね、家にいるのも散々飽き飽きして、「あぁあああ外に出たいぃぃいい!」って感じるくらいになってから外に出るのがいいよ。仕事にしても同じだけど。

僕もこれから注意して生活していかないとなぁー…。これはニート上級者の心得だけど、自分じゃ「やりたいこと」をやってるつもりでも、「やりたいことをやること」に囚われすぎてもまた心にとっては負担なんだよね。子どもっていっつもふらふらして危なっかしいけど、心の在り方って本来そういう感じなんだと思う。

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