ゆとりさとるの日々

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僕らはなんで生きてるんだろうシリーズ第一回  

とうとう「あなたは今、幸せですか?」って聞いてくる怪しい宗教団体レベルの記事が来たなぁ…。しかもシリーズ物だよ。いつかはやろうと思ってたんだけどね…。

このシリーズを書こうと思ったのは何でかというと、ヤバイと思いつつも最近死ぬということについて考えだしてしまって、最初はなんだか漠然と死ぬのって怖いよな、と思っていただけなんだけど、いろいろ考えてみるとそこから人生のおかしい点がふつふつと沸き上がってきてしまったんだよね。

今まではそんな疑問持ったことも無かったんだけど、持ってしまった以上は解決しなきゃどうにもやってられん性分なので、ぐぁああああっと考えた結果、1つの答え…というか、一応は説明になってるだろうか、と思えるものに出会えたので、せっかくだから記事にしようと思ったわけ。

シリーズの前半部分は今までの記事のおさらいみたいな感じです。何をするのが自分にとって本当にためになることなのか、っていうことね。まぁ一言で言うと「やりたいことをやる」なんだけど、ここらで「なぜやりたいことをやることが自分にとって最良なのか」をまとめておきたいと思う。

後半は、新しい内容です。「死」から関連するいろんな疑問について。正直かなり冒険します。タイトルにある通りなんだけど、そもそもなんで僕らは生きてるのか?っていうこと。
やりたいことをやるのはいいんだけど、でもじゃあやりたいことやって何になるのよ?、という話。

そんなわけで、しばらくこのタイトルにお付き合い下さい。
まずは「僕らは何をすべきなんだろうか」ってところから。

会社を辞めてしばらく、僕はずーっと「自分は何のために生きてるんだろう…」って悩んでいたけれど、そこから約半年、このブログでも散々考えて、ようやく自分なりの答えを出せた。それが、「自分のやりたいことをやる」ということだよね。

例えば、僕は受験勉強をみんなが必死になってやってるのを見て、それってどうなの?と思う。だって大学って学問を修めるところなわけだから、学問する気がない人が勉強をしたところで、ほんとにその人のためになってるのかな、と思うわけ。僕自身、確かに高校時代は必死になって「とりあえず勉強しとけば大丈夫だ」なんて思ってたけど、それはとんでもない思考停止だったなって今になって思う。
もちろん、みんな学問について真剣にどうこう考えてるってわけじゃなくて、きっと学歴を手に入れることで今後の人生をスムーズに送りたいっていうことなのはわかってるんだけどね。

でもじゃあ、その学歴を手に入れたとして、今度は社会に出る時にどうなるか?
みんな漠然となるべく大きい、安定した会社に入りたいって考えているけれど、でもそれってほんとにその人にとって一番いい道なのかって、またまたすごく疑問に思う。
人それぞれとは言っても、過労死や鬱に悩まされる人が生まれる社会がそこまでいいものとは思えないし、競争だらけの今の社会っていつまで経っても落ち着いてなくて、とにかく慌ただしい。

つまるところ学歴がどうとか会社がどうとかっていうのは、「どううまく生きていくか?」っていう視点なんだよね。自分にとって何が「有利」か?何が「賢い」か?何が「得」か?そんな風に自分の人生っていうものを見てる気がする。

けどそれって、言ってみれば社会っていうものさしに自分を当てはめて考えているわけだよね。「親が言うから」「先生が言うから」「社会が、世間が言うから」。周りのいろんな声に振り回されて、ああでもないこうでもない、自分には能力がなくて、才能がなくて、ああダメだうまくいかない。なんて思ったりする。しかも話を聞いてみると、「別にそんなにやりたいことでもない」とか言ってくる。なんやねんそれ。

そりゃ、自分基準じゃなくて他人基準で生きる以上は、いつまで経っても満足なんて出来ないに決まってるよね。勉強すればするほど、成績がどうだろうがもっと勉強しろって言われるだろうし、売れば売るほどもっと稼げ、もっと働けって言われる。もしそれが出来なくなったら、あいつはもうだめだとかなんとか、使い捨てられるような場合もあると思う。他人の欲望に付き合ってたら際限がないよね。

そんな「(周りと比べて)どう上手く生きていくか?」っていう視点をガラッと変えて、文字通りもっと単純に「どう生きていくか?」っていう視点で考えた方がいい、というか、何をしたって結局、最終的にはそういう考えをしっかり持たないといけないんだと思う。だったら、問題の先送りなんてせずに、今すぐ何が自分にとって良いことなのかを考えたほうがいいよね。

そこで出てくるフレーズが、「やりたいことをやる」っていうこと。他人の言葉や価値観に合わせるんじゃなくて、あくまで自分が、自分の考えで、自分が心から望んで、それをやるっていうこと。絵を描きたい、音楽をやりたい、モノを作りたい、人を喜ばせたい。手段やテーマは何でもいいんだけど、誰かに頼まれたから動くんじゃなくて、自分がやりたいと思ったからそれをやるんだ、っていう気持ちを持つことが大切なんじゃないかって思うんだよね。

ただ、この「やりたいこと」っていう言葉には大きな落とし穴がある。例えば「好きなだけ食べたい」とか、「大金持ちになりたい」とか、「あんな家に住んでこんな人と結婚して子どもは何人で」みたいなことも「やりたいこと」といえばそうなんだけど、僕が言うやりたいことってそんな「欲望」とは全くもって話が違うんだよね。

あえて言葉で表現するなら…ちょっと大げさなんだけど、自分の「使命」みたいなものなんじゃないのって思う。楽しいとか悲しいとか、めんどいからやだー、とか、そういういちいち何かしらの感情が伴うようなことじゃなくて、「自分はこれをやるために生まれてきたんだろうな」って思えるような、何でか知らないけどすごく魅力的に思える何か、と思うんだよね。

それは時には趣味であったり、生きがいであったりするのかもしれないけど、やっぱり生きていく上では仕事ってものが大切なので、仕事っていう観点から言うけど、それは「人とつながりあえるようなやりたいこと」なんだと思う。
人はただ食べて寝て暇つぶしをしてれば満足かっていうとそうではないと僕は思っていて、「自分がやりたくてやってることが、誰かの心に響く」っていう経験がすごく大切なんじゃないかって考えてる。例えば、「頑張って作った自作の音楽がとても人に喜んでもらえた」とか、「結婚式で新郎新婦に喜んで欲しいから、ちょっとした思い出動画を作ったらすごく感謝された」とか、そういう経験のことね。

趣味や生きがいで終わるだけなら自分一人の世界で完結できるんだけど、仕事って必ず対価を貰うわけだから、そうなると自分が表現したものを誰かに認めてもらう必要があるというわけだよね。つまり、「どうやって自分のやりたいことで人とつながるか」を考えることが、自分の仕事を考える上ではすごく大切なんだと思う。

以上、駆け足で今までのこのブログで言いたかったことをまとめてみた。
「基本的に何をやってもいい世界だけれど、何をやるのが一番自分のためになるんだろうか」っていう視点で考えると、それは「自分が本当に、素直に心からやりたいと思うことをやる」というのが僕の答えだ。中でも仕事に関しては、「人に向けて表現する」ということが特に大切だねっていう話。

第一回はここまでなんだけど、「えっ、それ以上に何かあるの?」というところで、最初に言った「死」ってのが出てくるんだよね…。
うわぁあー…なんか暗ぇーなー…。言うに事欠いて「死」ときたよ…。と、自分でも思わなく無いんだけど、しょうがないじゃない!!疑問に思ってしまったんだから!!
じゃあどんな疑問を持ったかというと、「やりたいことをやる」…ってのはいいんだけど、でもそれって死んだら関係なくね?っていう疑問。なんだか中学生が言ってそうな疑問かもしれないけど、でもこの疑問にきちんと答えられる大人って一体どれだけいるんだろうか?と思う。
第二回からは、この疑問についてもう少し深く掘り下げると共に、そこから派生してくるいろんな疑問もどんどん挙げていくね。
→第二回へ
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category: 人間

コメント

拝見しました。

自然と涙が溢れ出ました
今の世の中に縛られて生きていたなと。心が軽くなりました。

私もこんな風に誰かに響く言葉を送られたらな、と思います。

URL | りほ #-
2014/05/31 20:55 | edit

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