ゆとりさとるの日々

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就活してる友人とのこんな話  

電話



例の、中学からの付き合いでよくわからない飲み屋を渡り歩くのが趣味の友人とさっき電話していた。このブログに頻繁にでてくるからもうなんか名前付けた方がいいかなぁ…。まぁいいや。

彼は2留しているので今まさに就職活動の真っ最中なんだけど、会う度・電話する度に就職活動に対する不満というか疑問というか、そんなことばっかり言っている。実はコイツは中学時代からそういう奴で、例えば学校が「こうしろ」と言ってきたことに対して「なんで!?」と反抗したり、親が言ったことに対しても素直に聞き入れなかったり、とにかく体制に対して不満ばかりをつのらせる、そんな奴なのだ。

僕は今までなんて面倒な奴だと思っていたけど、そういう気持ちって実はすごく大切なんじゃないかって今になって思う。


就活や学校のことを話させると不満や愚痴ばかり出る彼にもやりたいことがあるらしくて、何でも広告を作りたいらしい。キャッチコピーで人の目を掴んだり、映像で人の心を揺さぶったりする瞬間が好きなんだとか。だから広告業界をとりあえず目指していると言っていたのだけれど、そんな彼に僕は言ってやった。
「会社に入って得られる生き方って組織人としての生き方だけだから、広告会社に入ってもお前の想像するような広告は作れないよ」って。

だって、車を作りたい!って思う人が自動車メーカーに入って車を作れるかと言っても、多分無理なんじゃないのって僕は思うんだよね。自動車メーカーの仕事って、工場なら工場の、営業所なら営業所の、開発なら開発の、それぞれの部署に仕事が割り振られて、自分1人に回ってくる仕事なんてもうその時点でとても車を作ってる感覚なんてないくらい細かくなってるものだと思う。
もし車一台の設計全てを任されたとしても、自分という存在は消費者から利益や人気を獲得するための、あるいは上司や株主の意向を反映するための「手足」でしかないわけで、とても自分の自由には作れない。

車を作りたい!と思ったのであれば、それはもう自分で一から車を作っていくしか無いだろうと思う。ライト兄弟が飛行機を作るために日夜あれこれと試行錯誤を繰り返していったように、自分たちの力でやることに「車を作る」醍醐味は隠されてるんだと思う。

こういう話をすると彼は「………。」となったのだけれど、でも確かにそうかもと思うところが彼なりにあるらしくて、そんなことをあれやこれやと話していた。
で、次に僕が「広告を作りたいんだったら、じゃあ広告を作ればいいじゃん。今すぐチラシの裏にでも自分が思う広告を描いてみて、それをたくさん作って持って回って売り込めばいいんじゃないの?」と言ったら、「広告ではないんだけど、実は前に結婚式でムービーを作った時にすごく喜んでもらえて、今度結婚する他の先輩にも頼まれていたりして、自分もやっててすごく楽しかった」みたいなことを言い出して、「えっ!?なんやねんそれ!じゃあそれをどんどんやっていけばいいのに!」と思わず叫んでしまった。

そうやって自分のやりたいことで少しずつでも真っ直ぐ進んでいくのが自分らしさってもので、その時初めて生きてる意味を感じられるんじゃないのって僕は思うんだけど、それだけはっきりと楽しいと思うものがあっても、やっぱり彼は就職活動という安易な選択肢に進んでいってしまう。

そのことには彼自身「なんでだろう」って思うところがあるらしくて、「きっと今まで自分の人生を決定してきたことが無いからだろうな…」って言っていた。まさにその通りだろうなぁって僕も思う。僕らはあまりにも「自分で決める」経験がなさすぎる。既に出来ている何かに合わせて動くことばっかりに慣れてしまって、自分の生き方すら何一つ自分の意思で決められないような感覚に矯正されてる。
自分じゃない何かに合わせても、ピタッと当てはまることなんか有り得ないんだから、その分は結局愚痴とか不満が溜まっていくんだけど、それでも決められない。嫌なものは嫌って言えないし、ましてや自力で選んで行動することなんて恐ろしくできない。

はぁ…。今の僕はむしろ、逆に自分で選ばないと恐ろしいという感覚があるんだけど、あんまり理解してもらえない。自分で決めなかったツケは後で返ってくるっていうことをなかなか信じてもらえない。それに気付くきっかけすら無いのかもしれない。

けど、今になって彼がすごいなと思うのは、こうやって自分の行動に疑問を持っているということだ。僕なんて学校の勉強も就職活動も、何の疑問もなくやってきてしまったから就職してからひどい目に遭ったけど、彼はきちんと立ち止まって自分の感性を失わずに生きている。そういうところはきっと昔からあって、それが体制に反発するような形で現れていたんだろうな。

彼はほんとに面白い奴で、大学に入ってしばらくしていきなり韓国に留学するとか言い出して、何ヶ月か韓国をさまよっていたらしいんだけど、その理由が「日本で安穏と大学生やってても生きてる感じがしない」という内容だった。彼は韓国語なんて当然話せないし、お金も持ってなくて、でもそんな中で生活するのはとても「生き生きしていた」らしい。
韓国に着くと、言葉も通じずお金もないからご飯を食べれなくて、お腹が空いてこれは流石にヤバイという状況に何日か経ってすぐなったらしい。で、あまりにお腹がぐうぐう鳴るものだから、たまたま授業で隣に座っていた女の子がパンをくれようとしたらしいんだけど、「ここで食べ物を貰ったら日本にいるときと同じだ!」とかいうよくわからない理由でそれを拒んだという話だから、相当いっちゃってるなコイツと思わなくもないんだけど、でもそんな彼の心の在り方には僕自身、何かこう力強さみたいなものを感じてしまった。

あとは、言葉が通じなくても何とかして相手の言っていることを理解しようとする時とか、あるいは自分の言いたいことをなんとかして伝えられた時なんかは、とても嬉しいし充実していたって言ってた。そんな経験を通じて彼は日本じゃ手に入らなかった「生きる」感覚をぼんやりと掴んで、「必死になる」っていうことの楽しさ、ワクワク感を知ったらしい。

けれど、「いま就職活動をしていて思うのは、周りの就活生も同じように「必死」ではあるんだけど、自分が経験した「必死」とは何か違う、違和感があって、これって何なんだろう?」っていうことを彼は言っていた。
「あーそれは就活生は確かに必死ではあるけど「生き生き」とはしていないからじゃないかな。誰かに気に入られるため、つまり自分じゃない他の誰かの価値観に合わせるのに必死になっているだけで、自分の心から出た本心で動いてるわけじゃないから、同じ「必死」でも違うんだろうな」って僕は答えたんだけど。

なんかいろいろ書いたけど、とにかく、僕は彼にもっと自分の感性を信じて生きて欲しいと思う。就職活動の話をして不満とか疑問が出るのは、それが彼の感性に合わないものだからだ。彼は結婚式で人の心を動かすくらいの感動的で楽しいムービーを作ることができるんだから、それをダイレクトに、脇目もふらずやっていけばいいんだと思う。最初は小さい一歩だろうけど、それが少しずつ自分の居場所になっていって、自分も周りも幸せにできる何かが生み出せるんじゃないかって僕は信じてる。

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category: 人間

コメント

こんにちは
現在、専門学校二年生の者です

人生つまらない で検索してたどり着きました

周りが着々と就職活動をこなしている中、なんともいえない未来への不安と違和感を抱えながら生活しています

いくつか記事を読ませて頂きましたが、涙がでました

私も自分の感性を大事に生きていけるようになりたいです

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2014/05/19 00:30 | edit

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