ゆとりさとるの日々

人として自然な生き方を目指す

「心理学的には、幸せ=●●である」らしい。  

黒猫


Web漫画って知ってるだろうか?
Web上で公開されていて、いつでも無料で見れる漫画のことで、読んだことある人も多いと思う。僕の暇つぶしスキルの一角を担う重要な文化だ。

Web漫画そのもののタイトル数は無数にあるんだけど、その中のお気に入りの一つにマンガで分かる心療内科・精神科/ゆうメンタルクリニック上野・池袋・新宿・渋谷 というのがあって、結構面白い。全部読んだら5時間くらいは潰れると思うので、暇な人にオススメ。

今回はその中のとある回で説明されていた内容についてなんだけど…。



「心理学的には、幸せ=●●である」

読んでもらうと早いんだけど、一言で言うと人間にとっての幸せって「恋愛」なんだってさ。
正確には、恋に落ちることが幸福だと思う人の数が一番多い、っていうことらしい。

いや…その…、まじですか…。僕は久しく恋愛なんてしてない。そう言えばこの前まとめサイトを巡回してたら「好きになる努力」とかいうフレーズがあって、すっっごく衝撃を受けた。「えっ!?好きになるのに努力なんて必要だったの!?」という感じだ…。何かを好きになる気持ちって自然と湧いてくるもので、努力とか何とかいうものとは一番無縁な話だと心底思っていた僕にとっては、これはもう耐え難い衝撃だった。いやそれは言い過ぎたかな、、ちょっとびっくり、くらい。。
しかしこうなると、僕は当分の間幸福を感じられないことになってしまう。いや、可能性としてはわからんけど、誰かと知り合う気力がないから恋愛までなかなかいかないような気がする。

それはともかく、幸せ=恋愛っていうのは、その通りなのかもしれない。いつ書いた記事か忘れたけど、幸福と自由って実は相容れないものなんだよね。幸福っていうのは「嬉しい」気持ちが一番強い時に感じるものだから、基本的に人間関係の中で作られていくものってことになる。だから恋愛感情が一番わかりやすくて協力な「幸福」になるのかな。逆に自由っていうのは人と一緒にいる時には感じることが出来ない、というか、1人の時に感じるのが自由っていうことなんだろうな。

「自由が好きだ」なんて僕はよく言ってるけど、そういう意味ではすごく寂しい奴みたいな感じによく思われてしまって、これがどうも腑に落ちない。僕は別に世界で1人ぼっちになりたいわけじゃない。だって他人がいてこその自分だし、自分1人っていうのはどう考えても生きててつまらなさそうだ。僕はただ馴れ合うようなベタベタした関係とか、自分がしたくないことはしたくないというだけだ。

幸せかぁ…。うーん…。でも恋愛が一番の幸せで決まりなら、やっぱり僕は自由さえあればいいや、ってなってしまってこういう発言が寂しい奴なんだろうな。まぁいいけど。
と、思って読み進めていると、最後になんと「擬似的でもOK」と出てくる。つまり現実の異性に限らず、見ていて胸がドキドキすることが出来れば、それでオッケーということらしい。

なんという朗報!と思ったけれど、僕はアニメとか漫画とかゲームのキャラにもこれといって恋をしたこともないし、残念ながらその線でも幸福を得られそうにない…。人間じゃないものに恋愛感情を抱くのは…経験がないなぁ。でもモノとかイメージに恋愛感情を抱けたら、それはそれですごく手軽でお得なんじゃないか?とも思う。意見が食い違って喧嘩したりすることもないし、小さいモノならいつでもどこでも持ち運べる。何の反応も返ってこないのが寂しい気もするけど。
え!モノに対して恋愛なんて!?って思う人もいるかもしれないけど、人間って年をとるほど生き物よりも小物とか植物なんかに愛着がわくっていうし、別にあってもいいんじゃないのって僕は思う。いや愛着とドキドキはさすがに違うか…。盆栽やってる爺さんが自分の育ててる松と対面する度にドキドキしてたら流石にちょっとおかしいな…。

話がそれてきた。まぁまだギリギリ20代前半だし、これからいろいろとあるだろうから、僕だって恋に落ちることもあるんじゃないだろうか…。ふとそんなことを言うと、例の意味不明な飲み屋を渡り歩くのが趣味の友人は、「いや…お前は結婚なんて無理やろ」と言ってくる。僕は僕で「コイツは一生結婚なんて無理だな」と思っているので、お互いにお互いのことをまともに結婚できないロクでなしだと思っていて、でも別に反論する気もお互いに起きない、というかむしろ「そうかもしれないな…」とお互いに思ってしまっている。奇妙な間柄だな、と思う。

今回の記事…何が言いたかったんだろう…。

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category: 人間

コメント

初めまして

いつも興味深く拝見しております。
私は30歳の女性です。

「マンガで分かる診療内科」は私も1巻を単行本で持っていてなかなか面白く読みましたが、あれは娯楽性と一般受けを狙っているのか極端な理論展開が多いのであまり当てにならないのではないでしょうか(笑。
「心理学的には幸せ=恋愛である」というコラムも、統計による結果を作者の独断と偏見で語っているだけだと思います。
このコラムでは女性の88%が誰かと恋に落ちるとき幸せを感じているとしていますが、女性である私も恋愛時に幸福感を得ることは、まずありませんよ。

ただ、さとるさんは今回の記事に「何かを好きになる気持ちって自然と湧いてくるもので」とおっしゃっていますよね。
その自然と心に沸いてくる「好きだな」という感覚の時に、さとるさんも幸福感が付随しているんじゃないかなと、今までの記事をずっと読ませていただいてきて、私は思ったのですがいかがでしょうか。
その感覚が多くの人の場合、人物的なものを対象としていて、このコラムでは、それを人は恋愛と呼ぶんだぜ!と言っているのではないでしょうか。
現代は恋愛至上主義の時代ですからね。
「好きになる努力」というフレーズも、そうやって恋愛こそ至上の幸福みたいな価値観が出回っているために、幸せになるために誰かを好きにならなければ、という本末転倒な考えになっているのかなと思ったり。

働くことに関するさとるさんのお考えを読ませていただくたびにいつも、人間は一週間に5~6日8時間以上を40年以上という膨大な時間、正味の人生のかなりの時間を仕事に費やしているんだな、と考えます。
その時間がつまらなくて、それどころか苦痛で、したいことをできない窮屈さの中で過ごし、幸せじゃないことが当たり前な現実。
そして恋に落ちている時間なんて、仕事に費やされる時間よりも少ない瞬間かもしれず、仕事をすることよりも不確かな可能性なのに、そこに一番幸せを感じるというのは、仕事による自己実現や自分の人生の肯定による幸福感を得られる環境じゃないから、恋愛に幸せを見出そうとしているだけなんじゃないか、と今日は思ってしまったのです。

なんだか悲観的な意見を長々とすみませんでした。
それでは失礼します。

URL | アナ蔵部 #UfGOED5s
2013/04/03 21:58 | edit

Re: 初めまして

>>アナ蔵部さん

そうですね、話の正当性に関してはおっしゃるとおりだと思います。所詮は統計の話ですし、そもそも心理学という学問が人間の機微を全て説明できるほど発達してるものだとも思えないですし。娯楽として、という面では楽しいお話ということでしょうか。

「仕事による自己実現や自分の人生の肯定による幸福感を得られる環境じゃないから、恋愛に幸せを見出そうとしているだけ」というのは、鋭い見解でハッとさせられました。確かに、何か求めていたものが手に入らない時には代わりとなる何かを欲しがるものですしね。僕自身が恋愛に対してそういう何かを求めたことがないので、気付きませんでした。

そんな風に考えると恋愛という存在がとても幻想的なもののような気もします。「仕事をすることよりも不確か」というのも、正にそうですね。そもそも「ずっと同じ何かが好き」って、人にかぎらずそんなことはほぼありえないですし…。

URL | ゆとりさとる #-
2013/04/04 01:01 | edit

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 |  #
2014/01/15 18:22 | edit

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