ゆとりさとるの日々

人として自然な生き方を目指す

スポンサーサイト  

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

category: スポンサー広告

cm: --

心が豊かになる!?「貧乏力」  

大体この世の中、「絶対こうであるべき」なんてものほとんどなくて、それぞれが楽しく生きられればそれでいい感じになってる。

となるとだな、自分が「幸せ!」って感じるかどうかの境界線って、低けりゃ低いほどいいんじゃないかって思う。

だってさ、他の人はなんか無茶苦茶高くて、よくわからない高級料理じゃないと笑顔になれないのに、僕は100円のコンビニおにぎりで笑顔になれる。

これって結構お得だと思うんだよね。

前も書いたけど、僕がコンビニでおにぎりを買うときってのは、自分の財布のなかにあったかなかったかも一々覚えてないような「100」の硬貨を差し出すだけ。

もし誰かに「この硬貨をあげるからおにぎり作ってちょうだいよ」っていきなり言われても、到底ムリだし、稲を育て始める段階からで考えたら、たとえ10,000円もらったってできないんだよね。(これは思考実験だから、その10,000円でおにぎりを買うってのは無しだけど、実際そういう商売である卸売ってのはオーソドックスだね。)

もうすごい感動する。作ってくれた人ありがとうってなる。機械が作ってくれてるにしても、ありがとうってなる。

電気とか、ネットとか、いろんな場面でそんなことを感じるわけだけど、そうなるとすっごい自分が「幸せだ…」ってなる。これは実にコストパフォーマンスがいいって思う。だって言ってみればタダで勝手に幸せになれるんだもの。

だから僕はむちゃくちゃにお金が欲しいとも思わないし、モノが欲しいとも思わないし、なんか普通に生活できてるからいいかって感じ。


でもそれってある人に言わせると「君は本当の幸せを知らない」とか、「自分の世界に閉じこもってる」とかって解釈をされる時があるんだよね。

確かに、僕から見ても一見不幸せそうな人、(例えば一生奴隷として働かされてるけど、でも本人はそれが幸せだと思っていて何の疑問も感じてない)とかって人を見ると、外を自由に歩き回る楽しさを知っている僕からすると、「この人は世界を知らないんだ」って思っちゃう。

そこが微妙なところなんだよね。そういう感じで僕のことを見てる人もいるのかなぁって。
まぁ今のところ不自由がないから、いいのかなって思ってるんだけどね。

そんなわけで、言ってみれば貧しさを豊かさに変える発想力、「貧乏力」(ネーミングセンス悪いな…)ってのが、今のような時代だからこそ、必要だと思うんだな。

政治がどうとか、デフレがどうとか、まぁ確かにそうなんだけどさ。

結構幸せって転がってるんじゃないかなぁ。
関連記事

category: 自然

tag: 幸せ  貧乏力 

コメント

コメントの投稿

Secret

トラックバック

トラックバックURL
→http://hjkd8yg.blog.fc2.com/tb.php/15-d6a36e65
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。