ゆとりさとるの日々

人として自然な生き方を目指す

今日だけ生きるっていうギリギリ感  

散歩




今日一日だけを生きていく感覚って、現代人はもうほとんど持ってない感覚なんじゃないだろうか。
貯めるとか、準備するとか、予定を組むとか、仕事って呼ばれるもののほとんどはそういう要素でできてるし、安全とか安定とかって言葉は、その日暮らしみたいな感覚とは真逆にあるもののような気がする。
けど、人間の本能というか、生き生きとした感覚が出てくるのはいつかって言われると、僕は準備も何もない、その一瞬をどう生き残るかっていう瞬間にあるように思う。

あ、「どんなに辛いことがこれから待ち受けていようとも、今日だけを乗り切っていくんだ」とか、「明日の事なんて考えない。今日一日を幸せに生きていこう」みたいな話を期待されてた方はすみません、ちょっと今回は趣旨が違います。


今日だけ生きる。

僕は今は現代人として生活してるわけだけど、原始時代というか、狩猟採集の頃の生活っていうのをいつも何となく想像してしまう。それはなんでかっていうと、人として生きるっていう部分に関して、原始も現代もないと思うからなんだよね。確かに文明は大きく違うし環境も変わってるんだけど、おんなじ人っていう動物として日々を営んでることには変わりない。むしろ、当時の方が今みたいなお互いを助け合う仕組みとか文明がない分、「生きる」っていうことに関してはよりリアルなような気がする。だから弥生とか縄文とか、僕は歴史に詳しくないけどそれでもその時の人の暮らしっていうのをついつい考えて、それが人として生きる上での基準みたいな感覚として捉えたくなってくる。

で、そうすると「今日だけ生きる」っていう感覚をすごく意識することになる。だって食べ物なんかめちゃくちゃに集めた所で保存方法なんてないし、色んな物をいっぱい蓄えたところで誰かに取られたり、あるいは夜中に獣に襲われて死んでしまうこともあるんだし。言ってみれば明日なんてものはないわけだよね。まぁ明日のことくらいは考えてたかもしれないけど、来月だの来年だのみたいなことを考えて生きてる人なんて居なかったんじゃないだろうか。

でも、それって人間に本来備わってるすごく生き生きとした感性のような気がする。僕はこのブログでも度々ホームレスになってみたいとか言っているけれど、それはなぜかというとその日暮らしっていう生き方を実感として味わいたいからだ。今の僕は仕事をしてなくても親がいて実家があって生活に不便することはないし、貯金もまだだいぶ残っていて、このペースだとあと1年半か2年くらいは今のままでいけそうな気がするし、はっきり言って今日の晩御飯が食べれるか食べれないかみたいなギリギリの危機感がまったくないんだよね。それは今までみんながすごく頑張って、仕事っていう仕組みを作って、お互いがお互いを支えあう仕組みを作ってきた結果そうなったわけだけど、僕からすると逆に幸せしすぎて人間本来の野生的な本能みたいなものがもう全くなくなってしまったんじゃないかって思うくらいだ。

このネタは久しぶりに書くけれど、僕は今だにコンビニでおにぎりが100円で売っていることが信じられない。だって、どこぞの飲食店でバイトなんかをすると、まぁ場所によって違うんだろうけど時給800円くらいはもらえるよね。800円というと、コンビニでおにぎりが7つは買える。1食で2つは食べるとして、だいたい丸2日分はエネルギー補給に事欠かないっていうことだ。これはもう原始時代の感覚からすると錬金術とでも言いたくなるくらいの奇跡に違いない。だって、本来はお米を作るために畑を耕して、毎日毎日面倒を見て、何ヶ月か経ってようやく収穫したそのお米を機械にかけるなり石臼で引くなりして精米して、そして綺麗な水を調達してきて火にかけてお米を炊いて、塩を用意して味付けをして、そうやって色んな苦労と手間をかけてよーーーやくおにぎりという食べ物が完成するわけで、それが「あ~また客きたよ、だりーなぁ」とか思いながらもなんとなく過ごした一時間に代えられるんだと思うと、なんだかもうすごい。とても信じられない。この世の終わりか?というくらいに贅沢な話の気がして仕方がない。

100円や200円で買えるお菓子やお酒にしたってそうだ。甘いものって今ではすごく簡単に手に入るみたいだけど、一昔前まではそれはもうぜいたく品で、チョコレートが高級品だったみたいな話は歴史の教科書にも割りとよく書いてる話だよね。それは文明とか技術が進歩したっていう話なんだろうけど、僕みたいに人間が生きる基準を原始時代なんかに想定して物事の必要性を考えてるような変人からすると、今ってほんとに恵まれてるなぁとしか言いようがなくて、仕事をしてる人は今以上に一体何を求めてるんだろう?っていう気がしてしょうがない。

僕はこのまま貯金が底をついて、親に呆れられて家を追い出されたりしても全然かまわないと思ってる。そもそも僕のような人間は生まれた時から全てが揃いすぎていたんだよなぁ。むしろそうやって全てが無くなってようやく、人間としての本来の野生的な勘というか、「生きる」っていうことと正面から向きあうことが出来るような気がする。けどそうでないのなら、つまり僕がホームレスにもならず日々の食料にも困らない生活がこのまま送れるというのなら、それはもう「自分の好きなこと」だけをやるしかない。そうじゃないと「生きてる」実感が持てない。すっごい極端だけど、僕にはどっちかしかないような気がする。極貧のその日暮らしを耐えぬくことで「生きる」実感を得るか、お金のことなんて全く考えずひたすら「自分のやりたいこと」をやり続けて「生きる」実感を得るか。その2つの間っていう選択肢は想像できないし、それはなんだかただ「生かされてる」ような、気持ち悪い感覚がする。

こういうことを言うと「ストイックなんですね」とか言われたりする。大学にいた頃も僕が練習している姿を見てストイックだなぁって言われたりしていた。でも僕は今のところ仕事を辞めて毎日好きなことをダラダラやっているだけだし、人に褒められるようなことなんて今までも別にやってない。僕はただ、自分が生きてる実感が欲しくてそうやってるだけだ。こういう感覚って、特に女の人にはなかなか理解してもらえないんだけど、生きてる実感を得るためには自分をギリギリまで追い込む必要があって、まぁそれは一種の闘争本能みたいなものなのかもしれない。男ってやっぱりバカなのかなぁ…。

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category: 人間

コメント

確かに古代の人の生活に憧れることってよくあります。
それは、その生活や暮らしが現代を生きる私たちにとってシンプルで、素朴で、わかりやすいからでしょうか。

しかし個人的には、人間というのは結局、集団化・社会化の運命からは逃れられない生き物だと思ってしまいます。
弥生時代にはもう計画的な農耕が始まっていますし、それ以前の時代にも、きっと何かしらの束縛なり制度なりがあったんでしょう。
当時の人にしてみれば嫌で嫌でしょうがなかったのかもしれません。

でも、いつの時代でも「自然に」とか「人間らしく」ということは思想家や哲学者によって目指されてきたような感じがしますね。
実体としてのそんなものはなくて、その当時の人々の不満やモヤモヤの影という気がしないでもないですが・・・。

URL | ワタカ #-
2013/01/27 18:30 | edit

Re: タイトルなし

>>ワタカさん

誤解を招く文章でほんとすみません…。僕は古代の人の生活に憧れてはいないです。今が一番いいです。
実際問題、昔の方が良かったっていうことはないと思います。やっぱり長生きしたいっていうのが人間の一番の願いであることは今も昔も変わらなくて、だから食料にしても医療にしてもこれだけ発達してきたんでしょうし。

ただ、「今の文明・社会」しか見ていないと今のやり方や日常の在り方が全てだと思い込んでしまう危険性があるので、あくまで自分の中の「基準」として、昔の生活っていう素材を取り出すのはそんなに悪いことじゃないなぁって思うんです。

「本来人間なんてこんなもんだろ」、っていうざっくりとした感覚を忘れたくないというか。
まぁそうはいっても、石器時代の生き方にいくら優れた一面があったとしても、現代でそれを実行出来るわけでもないから、気休めといえばそうなんですけどね。
そういう意味ではまさにワタカさんがおっしゃるとおり、不満やモヤモヤに過ぎないですね。
けどまぁそれを言ってしまうと僕のブログなんて不満や愚痴しか書いてないようなもんですね。。。

URL | ゆとりさとる #-
2013/01/27 18:55 | edit

本当のギリギリの危機感を味わってないのに、なんでおにぎりをおいしく感じられるんだろう。想像力豊かですね。
もっと早めに危機感を味わっとけば、その後ずっと、おにぎりをもっとおいしく感じると思わなかったの?
お金捨ててみたら?(親に全部あげるとかしてね)

夢とか希望とかが大事とかって世間で言われてるけどさ、人生で一番大事なのって「生き様」だと思うねんけどな、(俺はね)

違うかな?

URL | 近藤ルパン #-
2013/02/06 04:30 | edit

Re: タイトルなし

>>近藤ルパンさん

例えば家を出て自分の生活費から何から全て自分で稼いでいかなきゃいけない状況に自分を追い込めば、僕はもちろん働いて普通に生きていくんだと思うんですけど、なんだかそれってどうなんだろうと思うわけです。
それは根本的な解決になってないというか。
それで日々の生活を送れるくらいの収入を安定して稼げるようになったとしても、そこでまた今とおんなじ状態に戻るん気がするんですよね。まぁそうやって人生を消費していくことが悪いこととも思わないんですけど、せっかく実家があってやりたいことをやれる環境にあるのだから、それを生かしてみてからでもいいかなぁという感じです。

生き様、まさに同感です。でも生き様って明確な目標があってこそ生きてくるものじゃないかと思っていて、僕はその目標が見つかってない状態なんです。受験や部活に打ち込んでいた頃は、これが自分の生き様だって思えるような状態だったんですけどね。

URL | ゆとりさとる #-
2013/02/08 19:56 | edit

お、返信ありがとす

あんた紳士やね 挑発したコメントに真面目に返してさww

人間なんて、ただの一本の管(くだ)にすぎないだし、
働くというよりは、その管に食べ物突っ込んで、下から出すっていう作業でしょ? 生きるって

お兄さん、その一本の管なんでしょ?
でも、それっておもろい?
ん?まあ、おもろいかもな

まあ働く必要がないなら働かなくてもええやん
正しいと思うで(働いても別にいいけど)

けどな
働かなくてもさ
大志は抱いて生きたら どうよ?

世の中を良くしたい
もっと心安らかな世の中にしたい
会社の理不尽な構造をなくしたい
良い人が損しない世の中にしたい

とかは、考えたことないっすか?(特に働いてた時)

俺?俺はないっす
やっぱ、おいしいもん食べて、あったかい布団で寝たーいもん

これが俺の生き様っ!

URL | 近藤ルパン #-
2013/02/09 02:21 | edit

通りすがり

ブログを先ほどから読んでおります。
私はもうじき30歳になろうとしているフリーターです。
あなたと同じくらいの年齢のとき、16万円だけ持って、四国へ歩き遍路の旅に出たことがあります。
その時に、お金は大切だと痛感したのと同時に、お金というものは“人間社会”でしか通用しないものだということに気付きました。
大自然の中を毎日毎日、杖を突きながら、徒歩で歩き続ける・・・。
お遍路さんを快く思っている田舎の人たちは、私を家に招き入れ、いろいろと接待をして頂きました。
私は食事をさせて頂いた分のお金をいつも払おうとしましたが、彼らは決して受け取ろうとしませんでした。
「お金は要らない。感謝が欲しいのよ」というようなことを私に伝えてきました。
彼らは私にはとても幸せそうに見えました。
人が生きている姿がそこにはありました。

しかし、私が笑顔元気溌剌として遍路を終えて都市に帰ってくると、みんな死んだような顔して生活していました。
お店に買い物に行けば、感謝よりHow muchを大事にしている。
正社員になって働くようになっても、感謝よりMoneyを大事にしている。
そのように痛感しました。

私たちは、お金を持つようになってから、肉体的生存の保証、安定というものを手に入れたのかもしれませんが、それと引き換えに“生きるよろこび”、“感謝”といったものを失ってしまったのかもしれませんね。

あなたのブログからは、この時代、この文明社会、この日本を生きる同じ人間として学ぶことが沢山あります。
たびたび、訪問させて頂きたいと思います。
Twitterもフォローしました^^

ありがとうございます。

URL | son #-
2013/03/14 19:37 | edit

Re: 通りすがり

>>sonさん

僕もホームレスというかバックパッカーというか、とにかく周りにあるものを捨て去って生活することで「生きる感覚」を得たいなとは度々思っています。なのでsonさんのような生きた経験談はとても心に響くものがあります。

得るものがあれば失うものがあるって言いますけど、僕はまったくもってその通りだと思いますし、逆に何かを失ったと思っても何か代わりに得てるんだろうなとも思います。今の豊かな社会は便利ではありますが、その豊かさを享受した瞬間失うものも必ずあるんですよね。

僕としては今の社会は必要だからという理由を軽く飛び越えて、単に欲望が膨らんだだけのような物事が多すぎると思うので、そんなものは一旦消えてくれないかなとも思いますが、そういうわけにもいかないようなので、となるとそういった現実に対して自分がどういうスタンスを取るのかを求められている、ということなのかもしれません。

目先の利益に溢れた社会で、それに囚われずに自然な心を保ち続けるというのはどれほど困難なことなのかは、正にsonさんがおっしゃったように「都市に帰ってくると、みんな死んだような顔をして生活していた。」というところにあるんだと思います。

なんだか心が引き締まるコメントでした。こちらこそありがとうございます。

URL | ゆとりさとる #-
2013/03/15 20:30 | edit

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