ゆとりさとるの日々

人として自然な生き方を目指す

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ゆとりが提唱する、日本の未来論  

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今回は僕の夢について書いていきたいと思う。
今まで僕が書いてきた記事というのは、要するに僕の経験と思考をまとめて、一般的に受け入れられるように形を変えたものだ。
だから、「ああしたほうがよさそう」とか「こうすればこうなる気がする」っていう内容の文章ばかりで、よく言えば穏やかというか優しいのかもしれないけど、悪く言えば個性がない、自分がない。
なんで不景気なのかがわかった気がする辺りは僕の意見って感じだけど、実はこれでもかなりマイルドに書いてる。

でも、今回は僕の腹の底にあるものをズバッと書いていこうかなぁって思う。
そのきっかけになったのが、↑にある神田昌典さんの本だ。
これを最初に読んだのは一年近く前で、当時銀行で働いていた時、支店長だった方が悩む僕に対して「こんな本があるから」って勧められて読んだものなんだよね。
よく考えると普通の支店長と新入行員の関係じゃなかったなぁ…。一対一で飲みにいったりしてたし…。

で、今日これを久しぶりに読みなおしたんだけど、当時はまだ実感として無かった部分が今では明らかになった意味あいもあって、この本に対する印象もがらりと変わった。
再確認ではあるけど、自分がやろうとしていることは間違ってないって思うようになって、だったら自分の夢を語ろうかなぁって思った。
賛否両論あるだろうし、馬鹿にされる部分もすごく多いと思うけれど、この本の引用をまじえながら(味方につけながら)僕が思い描くこれからを綴ろうと思う。

(引用部分は””で囲って青字にしています)

”歴史は70年周期で巡っている”
”……このように周期説で日本の歴史を遡って行くと、明治維新と太平洋戦争の敗戦といった社会体制の大変革も、70年おきに起きていることに気づく。日本が太平洋戦争に敗れて、占領軍のもとで新しい社会体制がスタートしたのは1945年だが、そこから70年ほど時計の針を戻すと1875年。明治政府による新しい社会体制が本格的にはじまったのは、明治維新における最後の動乱といわれる西南戦争後からである。西南戦争は1877年だから、ズレは2年間あるものの、ほぼ70年サイクルで歴史が巡っている。……
……明治維新集結が1877年、太平洋戦争終結が1945年、すると次なる変化は2015年。つまり、私達が新たな歴史サイクルのはじまりを目撃する日は、すぐ目の前まで迫ってきている。……
……70年前であれば、東京裁判、公職追放、財閥解体で、ときの権力者が突如として、悪者に変わった。140年前であれば、英雄・西郷隆盛をはじめとした薩軍、5千余人が討たれた。……
……戦前の親は、子どもが「陸軍大将になりたい」と言っていたら、目を細めて喜んでいた。そうやって英雄となった子どもは、1945年8月15日から1ヶ月も経たないうちに、国に尽くしたために戦犯となり、歴史に残る極悪人とされてしまった。……
……「僕は大手銀行に勤めます」という息子を親孝行だ、なんて、思ってはいけないのだ。あなたが賢い親なら、そういう息子には、こう言わなければならないかもしれない。「バカなことを言うな!フリーターになれ!それがお前のためなんだ」と。……”


僕は別に70年周期がどうとかっていうことについて論じたいわけじゃない。
ただ、今これから、この瞬間から時代が変わろうとしているということを、歴史は繰り返すっていう切り口でこの本が言ってくれてるので引用しただけ。
で、僕もそう思っている。時代が変わる。働き方が変わる。
それは理屈じゃなくて、僕の心がそう感じたからだ。
親の言うこと、世間の言うことをきちんと聞いて努力して道を進んでいった結果、僕はその道が間違っているって感じた。
拝金主義で仕事や人を量るのは、限界が来てる。

”……現実は、私たちの想像を大きく超えるはず。1945年、焼け野原で途方にくれている人々に、「40年後には、ジャパン・アズ・ナンバーワンといわれるようになるんです」と予見したものは、頭がおかしいと思われるだけ。だからいま、あなたが、日本の未来を正しく答えられるとしたら、それは、お笑いにしかならない。……
……江戸時代の末期に、賢く、現実的だったことは、明治時代になったとたん、滑稽となる。太平洋戦争中に、賢く、現実的だったことは、終戦後には、とんでもない過ちになる。つまり、いまの時点で「現実的に考えろ」としたり顔で言う奴は、ほんの数年も経てば、化石になって発見されるだろう。……”


僕の思う日本の未来というのは、結論から言うとお金の心配をすることが全くなくなる未来だ。
仕組みのイメージとしては、国民全員で一つの口座を持っているような感覚だ。
みんなが入金したお金はみんなが使えるお金となって、それを必要としている人の元に、必要な時にすぐに集まるようになる。
だから今は「稼げないから」という理由で、ほんとはやりたいけどしょうがなく我慢していることがある人は、気持よく自分のやりたいことができるようになる。
なぜ日本にはGoogleやAppleが生まれないのか、という疑問に対する僕の答えはこれだ。
誰も思いつかない、誰もお金を出そうとなんてしないことをやる人がいることが、日本にとってこれからの可能性を生み出すきっかけになる。

で、こういうことを言うと真っ先に思い浮かぶのが、「そんなことしたら誰も働かないし、自分ばっかりお金を使おうとするやつが出てくる」という意見。
これにはもちろん反例がある。それは僕だ。
僕は今すぐ宝くじで1等が当たったとしても、今の自分の生活が全く変わらない自信がある。
なぜなら僕は母親が作ってくれたご飯を今日もおいしく食べれることとか、外に出て太陽の暖かさを感じたり、好きな音楽を聞いたり、大学に行って後輩と練習したりすることが生きがいで、それ以外にやりたいことなんてないからだ。
少なくとも、お金があればあるほど幸せになるということは間違いなく無い。
お金が山ほどあっても不幸せな人なんていっぱいいることは、わざわざ論じなくても明白だ。

”……延べ1万人近くの経営者、起業家と接していてわかったのは、夫が事業に成功して調子が良くなれば良くなるほど、妻の調子が悪くなり、家庭は不和に陥りやすいということだった。……
……どうやら世の中は、「事業を成功させれば、幸せも手に入る」というような単純なものではないようだ。……”


「いやいやそれはお前だけだろ?オレは金が欲しいよ。」とそれでもいう人は、好きなだけお金を遣ってその虚しさを早く実感すればいいと思う。
性格は変えられるのかの記事でも書いたけど、自分のやりたいことが出来なかった恨みというか不満というのは、必ずどこかで解消しなきゃいけない。
だから国の体制が資本主義だろうが共産主義だろうが、内に溜まったものはまずみんな吐き出さないと次に進めないんだよね。
だから自分の欲望が上手く吐き出せなかった人は、まずは好きなだけお金を遣ってみるといいと思う。
すぐに飽きると思うけど。
というか僕の世代の人間で話をしていても、「いい車に乗りたい!いい家に住みたい!」とか言ってる奴は皆無だ。
たまたま僕の周りがそうなのかもしれないけど、今の40代、50代に比べると間違いなく澄んだ心を持ってると思う。
それは物質的に豊かな、今の社会を作ってくれた大人達のおかげなんだけどね。

次に、誰も働かなくなるという意見についても、おんなじだ。
なぜなら、ただ遊ぶだけなんていう生活は心底詰まらないし、人のために何かをするということがどれだけ自分にとって気持ちいいかということを、お金の心配がなくなるとその内みんな気づくからだ。
働くというより、みんながボランティアをしているっていう感覚かなぁ。
誰しもが、「やりたいからその仕事をやっている」という状況を作ることができる。
なので今、嫌々働いてる人はしばらくゆっくり休んでるといい。
だらだらしてる内に何かやりたくなってきて、その時がその人にとっての本当にやりたいことだ。
そうすると今は当たり前になっている仕事内容もどんどん間引かれて、本当の意味で適正化されていくことになる。
まず、詐欺とか金目的の犯罪がなくなる。
24時間空いてるコンビニもほとんどなくなる。
飲食店をはじめとした、慇懃無礼と言っていいくらいの接客態度も消えてなくなる。
なぜなら誰もそんなことを求めなくなるし、やりたい人もいないからだ。
もちろん、一旦なくなったとしても「やっぱりこれは必要だね」とみんなが思ってそれを求める人が増えてきたら、誰かが率先してやるようになる。
この「みんなが求めていることを率先して自分がやる感覚」っていうのは、お金では決して買えない、とても清々しくて生きている心地がする感覚だ。
僕は小学生の頃、教室の掃除をだれもやろうとしなかったら、別に掃除が好きなわけじゃないけど、やってやろう!って思ってたタイプだ。もちろんいつもじゃないけど。
それはみんなのためであると同時に、自分のためでもある。なぜならやってて嬉しくなってくるからだ。
そんな風に、あちこちでNPOというか、ボランティアの嵐が吹き荒れて、結果的に水道からちゃんと水が出るとか、電気が通ってるとか、今みんながやっている生活感はなんだかんだ保たれるようになる。

このモデルの一番のポイントは、「利害関係」という概念を真っ白にできる点だ。
一体今まで、どれだけの人がこの「利害関係」という言葉に振り回されてきたんだろう…。
初対面の相手には気をつけろとか、お客様は神さまですとか、社会人になってからの知り合いは本当の友達にはなれないとか、くっっだらない。
そんなことを警戒する気力が有るなら、落ちてるゴミでも拾えよって話だ。

”……確かに言えることは--過去の歴史サイクルと同様、私たちは2015年までに「圧倒的な欠落」に気づくだろう、ということだ。2015年には、「私達には、何もないことを知る」ことになる。いったい、何がないのか?
おそらく「人間の心について、そして人間の可能性について、何も知らなかったことに、はじめて気づく」のだと思う。この「圧倒的な欠落」を埋めるために、次の歴史サイクルが本格的にはじまることになる。……”


何が欠落しているのか、についてはこのブログで散々言っていることだ。
「自分のやりたいことをやる」これに尽きる。
今まで「競争に勝つため」とか、「金持ちになるため」とか、「出世するため、認められるため」とか、「学歴を得るため」、「安定した生活を送るため」とかって気持ちで生きてきた人は、そこに自分の本心は本当にあったんだろうか?っていう疑問を持つんだと思う。
そしてそこには何もなかったことに気づく。
それは僕がこの一年で体験したことで、その衝撃たるや鬱病どころか呼吸してるだけでしんどいことだったのは確かなんだけど。

”……これからのキャリアにとって、重要なのは「どの会社が伸びるか」という話じゃない。もはや「会社で働くという当たり前の生活」が存続するという前提すら疑ってかかるべきときにきている。……
……このままいくと「会社」のコンセプトがほぼ寿命を終えるのは、2024年頃。別の言葉で言えば--
いままでの資本主義のカタチが、2024年に終わると考えてもいい。……
……いままでビジネスにおいては、社会性と収益性は矛盾すると思われてきた。つまり「社会に良いことをやっても、なかなか儲からない」がビジネスの常識だったのだ。しかし、このところ急速に「社会に良いことをしなければ、儲からない」に変わってきた……”


僕が思うに、上下関係に縛られた「会社」という存在はだれも求めてないので消えていくように思う。
その代わりに、「チーム」という概念が生まれる。
それは言わば全員が社長であり、同時に全員が平社員の集まりだ。
みんなが自分の中でリーダーシップを発揮して、やりたいことをやりたいだけやる組織が生まれる。
僕は自分がかつていた「部活」というものがそれに近いんじゃないかなぁって思う。
部活は、チームとしての目標はある。
例えば「夏の大会でベスト4に入ろう」とか、「個人戦でシードを3つは取れるようにしよう」とか。
けど、「じゃあそのためにどうするか?どういう練習をするか?いつするか?」というのは、ほぼ個人の裁量に任されていると言っていい。
もちろんやる気のある人は頑張るし、それなりな人はそれなりにやる。
でも、全体として「この競技で試合に勝ちたい」という思いはみんな持っている。
そんなイメージがこれからの会社にとってかわるんじゃないかなぁって思う。
そうすると、わざわざ上下関係なんて作らなくても、実力の有る人にはみんな配慮するし、発言にも注目するんだよね。
本心からやりたいと思っていることだから、方法は違えど分裂することはない。

”……あなたが活躍するために、いろいろな観点から未来図を描いてきたが、一言でこれからの10年を表現するなら、「平成の文明開化」といえるだろう。私達が江戸時代の親だとすれば、いまや子どもを明治時代で活躍させることを考えなければならない。……
……こうした時代認識のもとでは、「いい大学に入って、いい会社に就職して」という、とりあえずの行動は、もはや限界であることがわかる。鋭い洞察力を持った、未来のリーダーである子どもたちは、すでに、その生き方の限界に気付いてしまっている。しかし大人がまだ損得勘定で生きているから、優しい彼らは、その期待に沿ったほうがいいのかな、と迷っているだけである。彼らがすでに気づいている未来を創る道に一歩を踏み出すのに必要なのは、あとは大人の後押しだけなのだ。……”


僕が同年代以下の世代を見ていて感じるのは、本当に人が変わってきているなということなんだよね。
僕は自分のことを無欲な方だと思っていたけれど、全然だ。
こいつに果たして覇気というものはあるのかというくらい、もっと無欲な奴が山ほどいる。
会社の上司が言ってることとか感じてることと、僕ら世代の人間が感じてることは、もうまるで正反対だ。
若者の○○離れとかって言われるけど、まぁそうだろうなとしか言いようがない。
僕はこれまで学歴主義、拝金主義、競争には勝つっていう方針の生き方を(親や世間を観察した結果)選んでやってきて、でも僕の心はやっぱりゆとり世代で、最終的には心に従って会社を辞めた。
言わば僕は両世代の価値観をどちらも持ってるのかなぁって思う。
そんな僕だからこそ、働き方、お金と人との関係は変わっていくって思う。

”……いったん起業の夢を描いても、実際には起業することなく、就職する道を選ぶ。それは、なぜか。ぶっちゃけ、住宅ローンなのだ。実際問題、ほんの少しでも収入がない期間が生じたとたん、家を出て行かなければならないという不安がある。……
……しかし、その不安の中でも、「なんとか、なるっしょ!」と思えるかどうか。「万事塞翁が馬だよね、ははは」と笑えるかどうか。……
……本当に熱中できる仕事に、リスクはない。ここは覚えておいていただきたいので、もう一度、大きな声で言う。本当に熱中できる仕事に、リスクはない。そして、それが--ライフワークに出会えた瞬間なのである。……”


最後に、僕が提唱するこのモデルは、日本人の他人を思いやる優しい心を信じているからこそ言えることです。
実現は間違いなくすぐには出来ないと思います。
実際こんなことになったら、まず貨幣価値が暴落して外国との取引もできなくなる。
だからこの価値観が実現するのは、もはや世界を巻き込んだ状況って言えるのかもしれない。
それに、↑の引用でも書かれてるけど、まだまだ拝金主義を手放せなくて、(僕から見ると)欲が凝り固まった人たちが多いしね。
けど、確実に変わっていく。変わっていってる。
本当の意味で人にやさしい社会ができると思う。

ふー…。疲れた…。一気に書いた。文字数6800字超、原稿用紙18枚分だってさ。僕は執筆家になれるんじゃないか?
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category: 社会

コメント

いいですね。お金に困らないで、それぞれが自分のやりたいことを追求できる生活。
実現すれば、おそらく、多くのクリエイティブな職業や人々が登場すると思います。自分はしばらくグータラしそうですが・・・。

しかし一方で、例えばゴミやし尿の処理、あるいはキツい肉体労働など、誰にとってもやりたくない仕事があるのは避けられない気がします。
現状、それらの仕事をやってくれる人がいるのは、やはりお金というインセンティブがあるからなのかな、と。
そういう仕事が善意や人のためという論理で成立するかどうか、そこが問題ですね。

ひょっとしたら、遠い将来には、そういう嫌な仕事を機械に全部やらせるような社会になるのかも・・・?
それはそれで、映画みたいに機械の反乱が起こりそうですけど。

URL | ハリヨ #-
2013/01/20 00:08 | edit

Re: タイトルなし

>>しかし一方で、例えばゴミやし尿の処理、あるいはキツい肉体労働など、誰にとってもやりたくない仕事があるのは避けられない気がします。

今の状況から一気に変わることを想定すると、確かに誰もそんなことやろうとしないでしょうね。
これは補足というか、少し枝葉の部分になるので本文には載せなかったのですが、
例えば段階的に、まずは月に1人10万円までしか使えない、というような枠を決めて、とりあえず食うに困らないようにします。そうすると、「自分は10万円じゃ足りない。もっとお金を稼ぎたい」という人が出てくるので、そういう人はゴミ処理や清掃のような、「あんまりみんなが進んでやろうとしないこと」をやり始めることになります。
ちなみにこれはベーシックインカムとは少し違ってて、国が制度としてやるのではなくて、国民が自分達で運営するっていうことですね。

ただ、僕が目指したいのはそういう仕方なく誰かがやる社会ではなくて、率先してやろう、率先してやることが自分にとってとても自然で、気持ちいいと思える社会です。
それは言い換えればどんな分野であっても、し尿の処理やキツイ肉体労働であっても、困ってる人がいたら助けたいって思う気持ちをみんなが持つってことであり、僕はそれがそんなにありえないことじゃないと思ってます。
それに僕の想定では、自分の生活を例に出すと、まずそもそもそんなにゴミを出さないし、包装やレジ袋もいらないので、必要となる作業量(例えばゴミの量)は格段に落ちると思います。
今は「誰かがやってくれる」とか、「金払ってるんだから」っていう気持ちがあって、無駄に消費して無駄に捨ててるところがあるように思うので。

あとはハリヨさんがおっしゃるように、機械や仕組みがより発達していく可能性も十分考えられますね。

URL | ゆとりさとる #-
2013/01/20 00:36 | edit

一部では20年後には不老技術によって、老化で死ぬことはないとうそぶかれていますし、
もしかしたら20年後には、きつい労働やきつい生産活動は機械に任せて、
人類は物質的な豊かさによる幸福ではなくて、
やりがいや、いきがいといった、そういう精神的価値を追求していくようになるかもしれませんね。
宇宙に出るにしても、そのような感覚ではないと厳しいでしょうしね。

URL | 名無しの哲人 #-
2013/01/20 03:57 | edit

わーーーー!!!

すごいです!!!
私の考えていることと、とっても一緒です!
感動してコメントが長くなるかもしれません。お許しください。

私は考えていることを文章化してまとめられなかったので、
ゆとりさとるさんにこんなに長くしっかりと書いていただけてなんだか、すっごく、すっごくうれしくて、同じ意志を持った同世代の人だということを感じられて、ものすごくうれしいです。

私はもうすぐ卒業で、
新卒主義のとってもおかしな制度には準じたくなくて、
就職できなくても卒業はするつもりでいました。
でも、それがとっても恐くなって、
昨日も大泣き、今日も泣いて、
目がめっちゃはれてるまま、この文章を読んでいました。

そうなんですよね。私も、もうすぐ時代が変わっていくと感じていました。そして、今の大人世代と私が違うことも。それが皮肉なことに、大人たちが嫌っているゆとり世代なんですよね。
私は、同年代の人は、そうやって時代を変えていく人になると思っていました。実際に、大学時代のアクティブな様子を見ても、「いい学校、言い会社」というレールには乗るものではないとけっこう小さいころから思っていました。私たち世代が大人になったら、様々な社会問題に手を差し伸べて、人間らしさ、心を大切にする、さぞかしいい世の中になっているだろうと。

でも、そんなこともありませんでした。
みんな、就活をして世の中に触れると、すっとそこになじんで行きました。少し違和感を抱えている人も少なくないのですが、その人たちも元気のない顔をしながら就職していきます。

私は、本当に“こども”だったので、
将来というのはもっと希望にあふれているものだと思っていました。
仕方なく就職していく、などというのは、まったく想像していませんでした。しかし、世間は、“働く”ということに関しては、非常につめたいです。すべてのことが“甘え”だと一蹴されてしまいます。“甘え”と言われてしまえば、なにも言い返せなくなるのです。「自分が大人になれていないだけなのか…」と。

社会は、もう物質的な面では成熟しています。
一方で、もっと、もっと、人手が必要な分野があります。よりよい商品を求めて幸せな生活を送っている裏では、貧困で亡くなっていく人がおり、環境破壊が進み、苦しんでいる人たちがいます。
それを無視して、私は誰しもがやっている分野に手を貸す人生は、とても物足りないです。
せっかく、私たち世代であればいい世の中にしていけると思っていたのに、結局はお金、世間体、親が喜ぶ方(親はなんでもいい、て言ってくれますが、どうしても気にしてしまいます。)という価値観にしばられていて、よくできるものもよくできません。

記事の中にすべてが“ボランティア”のような社会、と言ってましたが、そうなればいいな。
きっと、多くの人は、「なにを空想しているんだ。それは働かないいいわけだ。」とか、「やることやってからいえ。」とか、「そんなに甘くない。」って言うでしょうが、それに屈してはいけませんね。
(私は、すぐ屈しそうになって、泣いてしまう泣き虫ですが…)
それから、できない理由探しをされ、言い返せないと、ほうらやっぱりだめじゃないか、となってしまいます。そうなると、マイルドなことしか言えなくなります。ハードなことを言うと、そりゃー欠点はあります。じゃあ欠点があったらそれはすべてダメなのか。欠点をどうにか克服しながら、それを叶えていく方向にどうしてむかえないのか。
私は、ゆとりさとるさんのような同志で集まって、
どうしたらそんな世の中にできるのか、一度議論とかしてみたいです。
議論にとどまらず、人生観や悩みを共有したり…。

とにかく、文章にまとめてくれてありがとうございました、と言いたいです。(●^o^●)
一緒に、そんな世界を作っていきましょう。

URL | まりまり #-
2013/01/20 11:13 | edit

Re: タイトルなし

完全に置き換わることは無理としても、確実に変わっていくでしょうね。
生きるために争ったり警戒しなきゃいけない世の中じゃなくて、今よりもさらに純粋な人の心に近づいた社会というか。
今でも最先端の分野や恵まれた研究領域ではそのレベル感なんですけど、それを一般の人達にも広げていければいいなぁって思います。

URL | ゆとりさとる #-
2013/01/20 12:55 | edit

Re: わーーーー!!!

>>まりまりさん

僕自身、おおっぴらにこういうことを言うのは避けたほうがいいのかなぁ…って守りに入ってたところがあったんですけど、そういってくれる人が1人でもいてくれて、本当に書いてよかった。

ただ、これの実現は相当に容易じゃありません。
やっぱり大人の拝金主義の思想はなかなかに覆せるものじゃないです。
だから、今はまだ「お金を稼がなきゃ何も言えない社会」をしばらくは乗り越える必要があります。
でもただ大人のいうことに従って働いてるんじゃ何も変わらないですから、本当に人の役に立つことをして自分が楽しく働いて、かつ生活費も稼ぐっていう働き方じゃないと意味がありません。

そういうビジネスモデルって今までほとんど考えられてきてませんでした。
本文中にも引用がありますが、人のために良いことをしても稼げないって思われていたんですね。
なのでそこを両立する新しい働き方を探さなきゃいけない。
でもそれを考えて試行錯誤している人はたくさん出始めていると思いますよ。
僕は就職活動の支援というところに注目していますけど、まだまだたくさんできることはあると思います。

まりまりさんがおっしゃるように、一度話し合いの場を設けてみたいですね!
このブログの知名度が低いのが悔やまれるんですが、ツイッターなんかで募集をかけてみてもいいかもしれません。

URL | ゆとりさとる #-
2013/01/20 13:24 | edit

新しい経営のかたち

こんばんは。

先日、アマゾンで「奇跡の経営」という翻訳書を見つけました。

ブラジルのセムコのいう会社での経営形態が紹介されている本です。

その会社では、最高経営責任者はなく、人事部もなく、会議には新入社員も参加できるといった従来とはまったく違った経営を行っていますが、業績は好調のようです。

詳細は同書に譲りますが、(中見可能です)私には、東洋的、特に老子のような感じの会社経営に思いました。無為にしてうまくいく、といった感じでしょうか。無為だから、うまくいくというのか。

2022の著者の神田さんが、アイボ開発者の天外さんと対談をされていて、その対談音声商品の説明書きには、フロー経営のことや、フリーターやニートは時代を先取りした存在だとあり、新時代のヒーローともありました。CDの説明書きのURLを貼っておきます。

http://www.kandamasanori.com/cd_sp_tt01.php

ゆとりさとるさんをはじめ、当ブログの閲覧者の方には、同書と同対談はかなり大きな学びになるのではないかと思います。

天外さんのインタビュー記事を見つけましたので、貼り付けておきます。

http://www.mammo.tv/interview/archives/no182.html


御参考になればとてもうれしいです。

URL | まこ #-
2013/12/13 23:17 | edit

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