ゆとりさとるの日々

人として自然な生き方を目指す

人が人らしく生きるために大切な、3つの楽しみ  

つぼみ




僕のこの半年間の試行錯誤の成果として出てきた「やりたいことをやる」。
でもこれだけだと実はちょっと曖昧なところがあって、というのも人にはいろんな意味でやりたいことがある。
目標もやりたいことだし、ご飯食べたいのもやりたいことだし、「やりたい」っていう言葉で一括りにするには人生広すぎる感じがする。言葉としてはわかりやすくていいんだけど。
で、中でも僕が思う一番重要というか、人がより自然に、生き生きとするために必要なやりたいことっていうのは3種類あるような気がする。



1つは生活。寝るとか食べるとか、あとは安全・安心であることとか。
そう言えば僕は生活についてあんまり考えたことがなかった。実家に住んでるし恵まれているのかもしれない。
みんなが思い切って会社を辞めたりすることができないのは、この生活があるからなんだよなぁ…。
今度、生活術についても考えてみよう。

もう1つは趣味。癒しとかストレス解消とか、気分転換。
大体この辺の表現に相当するものなんだけど、以前の僕が勘違いしていたのは、この癒しさえあれば人間生きていけるのかなぁっていうところ。
で、会社を辞めてからの僕の生活というのはまさにそれで、仕事も辞めて24時間自由だし、好きな音楽を聞いたり、ゲームをしたりアニメを見たり、食べたいものを食べたり、癒されることばっかりずっとやっていた。
そうすると次に何が起こったかというと、不思議なことに死にたくなってくるんだよね。
なんだろう…。もちろん自殺したいとか、積極的に死にたいっていうことではなくて、「あぁー…死ぬなら今死にたいなー…。」っていう感じ。

それに関するエピソードがある。
ちょっと前に高校時代の友人達と久しぶりに集まって、居酒屋でかき味噌鍋を食べてた時のこと。
学生時代までの友人ってなんでも本音で話せるし、くだらないことを話しているだけですごく楽しくて、さらにこの寒い季節に食べる味噌鍋が美味しくてたまらなかったんだけど、その鍋を食べながら僕は「死ぬなら今!死ぬなら今!」って思っていた。
だってこんなに幸せだし未練なんてないし、友人たちとの会話は楽しいし鍋は美味しいし。
何をこれ以上この世にこだわることがあるんだろうっていう気分だった。
ちなみにいい具合に酔っていてその後少し眠ってしまっていたんだけど、その時の僕の顔を見てとある友人は思わず拝んでいたらしい。
他にもすごく綺麗な景色を見たり、気持ちいい温泉につかったりしても、似たような感覚になる気がする。

というわけで、趣味とか癒しって自分の心を軽くしてくれるんだけど、そればっかりやってると軽くなりすぎてそのまま天国に行きたくなってくるので、「力強く生きる」っていう点ではこれだけだと不合格なわけ。

そこで次に必要となってくるやりたいことが、「夢」なんだよね。
夢って何かって考えるとまだ難しいところがあるんだけど、今のところ僕は「自分が実現したい世界」のことかなぁって考えてる。
自分はこんな絵を描きたい!とか、こんな映像を作りたい!みたいに「自分の内にあるものを表現したい」っていう夢でもいいし、「もっとこうすれば良くなるのに」みたいに外部に働きかけるものでもいい。
いろんなアプローチがあると思うんだけど、夢があるっていうのは、それは自分の心の中に1つの理想の世界をもってるっていうことだ。
そして、その世界を実現しようとするのが、夢を叶えるとか、夢に向かって走るっていうことなんだと思う。
ちなみに僕の夢は「人生の意味、自分が生きてる理由を知りたい」で、そのアプローチとして今は「誰しもが自分のやりたいことをやれる世界を実現できれば何かわかるかも」って思って行動してる。
でも自分で言うのもなんだけど、まぁぶっちゃけ叶わないだろうなとは思う。
というか、変な言い方だけど叶わなくていいんだよね。
なぜなら、僕は死ぬまでこの夢を持っていたいから。

叶っちゃったら夢じゃなくなるので、僕はまた目標がなくなって「死ぬなら今!」って思う生活に戻ることになってしまう。
それはなんとなく嫌だ。生活にメリハリが出ないし、多分ボケてしまう。

あと大切なのは、夢っていうのは別に客観的に素晴らしいものでなくてもよくて、何でもいいっていうこと。小さくてもいいしたくさんあってもいい。というかたくさんあった方がいいな。
夢っていうとなんだか綺麗な言葉だけど、これはエゴっていうものと同一であって、要はわがまま言ってるのと変わらない。
だから賛成してくれる人もいれば反対する人も必ず出てくるものなんだよね。
ただし共通しているのは、そのために明日も起きようって思えるところかなぁ。
夢がない人とある人の違いが一番出るのって、朝目が覚めたときにそのまま起きようと思う気力があるかないかっていうところだと思う。
これがすごく大切で、「生活」「趣味」をも凌駕するくらいに、人を人らしく、力強く生きさせてくれる。
夢があって、そのための手段を考えて実行しようとしている人は、やっぱり起きるのが早い。
時間帯もだけど、僕のように2度寝3度寝をしようとしない。
夢がない人は、「あー…また今日という一日が始まったなぁー…」っていう感じになる。
それは悪いことでは全くないんだけど、なんかしんどいんだよなぁ…。

ちなみに僕は夢があるけど叶わなくてもいいと思ってるので、どちらかというと寝たい。
これは重要なポイントで、僕の人生の大枠としては夢を実現する方向へ向かっているんだけど、そこに向かって一直線じゃなくて、寝たいっていうその時の気持ちも大切にしたい。
なんで僕がそう思うかというと、夢はやっぱり所詮夢であって自分のエゴでしかないので、どんなに素晴らしいことだと思ったとしても、それを実現することそのものにはそんなに意味はないって感じてるから。
あくまで自分の人生をよりしなやかに、力強く生きるために、有れば生活にハリが出るっていう程度のものなんだよね。
だから夢を実現している人は素晴らしい人で、そうじゃない人は人として劣ってるとか、そういう考え方は間違ってるというか、なんかズレてる。
本来的には人間なんて何してようが、生きてるだけでもう十分だし、そもそも人間のやることに意味なんてない。
だから夢を持たなくても別にいいんだけど、僕の提案として、エゴでもなんでも生き汚くてもなんでも、夢があると充実するから明日も起きれるねっていう話、でした。
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category: 人間

コメント

僕も「あー今自分すっげー幸せ!」って思う瞬間、よくあります。
でも、そこでフッと考えてしまうことがあるんですよ。
「今も僕の知らないどこかで、誰かが監禁されて助けを求めてるんだろうなー」
とか
「今も僕の知らないどこかで、誰かが鬱でのたうち回ってるんだろうなー」
とか

ゆとりさんは他人の不幸というものをどう見るべきだと思いますか

URL | クリオネの踊り食い #-
2013/01/18 19:03 | edit

Re: タイトルなし

うーん…この質問はかなり深いところまで話す必要があって、ほんとに宗教チックな話になってしまいそうなので人に話す気はあんまりなかったんですけど、簡単にまとめてみます。

結論からいうと悲しいとしかいいようがないですね。
でもそれで自分が悲観的になって、悩むことはないとおもいます。
これはすごく感覚的なんですけど、世界全体の不幸の総量というか割合って、どんな時代でもそんなに変わってないんじゃないかなって思うんです。
出回ってるお金の総量がどんなに増えても、一定割合ですごく貧乏な人がいるのとおんなじ感覚ですかね。
だから世界の人全員がいわゆる聖人君子になったとしても、その中でまたそれなりのヒエラルキーというか、差別というか争いがあって、幸不幸にわかれていくような気がします。

なのでそれは変えられないんですけど、そんなに悲観することでもないんです。
そういう苦しみみたいなのって、言ってみればその人にとっての試練みたいなもので、クリアすればまた幸せになれますし、今幸せな人もいつかまた何かありますし、全体としてみんなでグルグル回し合ってるって感じがするんですね。
なのでクリオネの踊り食いさんが幸せに感じる瞬間があるなら、それを全力で味わえばいいと思います。
だってどうせまたいつか嫌なこととか苦しいこととか回ってきますもん。
それに自分が苦しい時にまわりが同情してくれても、それで悩みが消えるわけでもないですし。

というわけで、不幸はなくならないけれどずっと不幸でいることもないし、逆にずっと幸せでいることもできないから、だったら今感じてる幸せを全力で楽しむことが、むしろ苦しんでる人にとっての希望になるんじゃないかなぁって思います。

URL | ゆとりさとる #-
2013/01/19 09:31 | edit

共感

とっても共感して、読みました。
今、まさに、仕事を辞めると、決意したので。
我慢して、神経擦り減らして、仕事して、帰宅したら、ぐったりして、何をする気もなく、なんの為に、生きてるんだろ??
みんな、それが、仕事だとか、みんなそうやって生活のために生きてるとか、みんな大変なんだとか、私は、そんなんだったら、餓死した方がましって、思いました。甘いって、大半の人に言われました。でも、同じ考えの人がいて、嬉しかったです。私も、肩の力、思いっきり抜いた生き方にシフトします。それが、道端で、死ぬ事になったとしても。決意表明なので、表現が極端ですが・・・

URL | あゆみ #-
2013/01/27 12:35 | edit

Re: 共感

>>あゆみさん

なんだか読んでるだけであゆみさんの疲れが伝わってきますね…。ほんとにお疲れ様でした。
仕事やって他人と競争して、稼いでいくだけが人生じゃないです。人間ってもっと幅の広い生き物のような気がします。人生なんて自分の好きなようにできたら早死しても後悔はない(と僕は思ってる)ので、これからはあゆみさんの好きなことをやっていけばいいんだと思いますよ!

僕も仕事を辞めたときはまったく同じ気持ちで、こんな生活を続けるくらいなら辞めて飢え死にしたほうがマシだと思いました。でも日本だったら生活保護みたいな社会保障も充実してるし、たぶん死ぬことはないです。むしろ死のうと思ってもなかなか死ねないとおもいます。道端で倒れてたら誰か助けてくれる気がするし。
あゆみさんはこれからようやく自分の人生を進む、そのステージに来たんだ、って僕は思います。
まぁでもとりあえずは、ゆっくり休むことにしてください。

URL | ゆとりさとる #-
2013/01/27 14:11 | edit

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