ゆとりさとるの日々

人として自然な生き方を目指す

バラエティ番組を久しぶりに見たんだけど…  

東京タワー



僕は普段あまりテレビを見ない。
僕が必ず見る番組というとNHK囲碁トーナメントだけで、他はアニメとか、偉人とか自然とかのドキュメンタリーくらいだ。
いわゆるバラエティっていうのをほとんど見ないんだけど、この前すごく久しぶりに「帰れま10」ってやつを見た。


知らない人もいるかもしれないので解説すると、有名チェーン店なんかの人気メニューを当てるっていう番組で、出演者たちが上位10品を当てるまで延々と注文した料理を食べ続けるっていう番組。
で、ほんとなのか脚本なのかは知らないけど、ピッタリ10位全てを当てることってなかなか難しいみたいで、30品ぐらい注文してようやく終われる。
けどこれの収録が夜から始まって、大体終わるのが深夜とか明け方がぐらいで、出演者ももうお腹いっぱいだし眠いし辛いし早く当たってくれー終わってくれーって感じで番組が進んでいく。

これさ。
まぁ…いや面白い企画だなぁとは思うんだけど、なんかそれと同じくらいに、これどうなんやろ?っていう気持ちも湧いてくる。
まず、もうだいぶ前から風潮としてあったけど、芸人同士が自分や他人を傷つけたり悪口言ったりしんどい思いして笑いを取ろうとするのって、そんなに面白いものなのかなぁって思う。
僕も関西人だし友達と集まったらいじり役といじられ役がいて、いじられ役はとにかく下に下に持っていかれるのはいつものことだけど、それはイジられる本人もわかってて演じてくれてたり、一旦下に落としてもすぐに拾ってくれる奴がいたり、全体として「みんなで盛り上がる」っていう方向性は崩れないものなんだよね。
誰かの悪口を言ったりけなすことで貶めて盛り上がるようなやり方はやらない。
そもそもそういう話ってつまんないし、心がすさむ感じがする。

けど、あの番組を見ていて思うのは、正直最後らへんとかほんとにしんどそうだし、確実に体壊していきそうだし、本人たちはお金を稼ぐためであったり名前や顔を売るためだから頑張ろうって思ってるのかもしれないけど、そういう気持ちで仕事をしてる人って「あ、この人心から楽しんでないな」ってすぐにわかるんだよね。
きっと編集さんが頑張って楽しい映像になるように作ってるんだろうけど、結果として僕なんかは見ていてもあんまり面白くないなぁ…って思ってしまう。
だからテレビをあまり見なくなってるのかもしれない。
そういう事をさせて喜ぶ人がいるんだろうなぁ…刺激に飢えてるのかな。
でもそういうのが面白いって本気で思ってる人って、自分がすごく虐げられてたり、やりたくもない事を無理矢理頑張った経験があったり、かわいそうな人が多いんだろうなと思う。

あー、あのあれだわ。飲み会のコールとかそういうのだわ。
僕も体育会系だったし、比較的体も大きくて酒を飲んでもあんまり顔色が変わらないタイプだったから、よく飲まされてた。不毛でしかない。
先輩が妙に厳しかったり、伝統か何か知らないけど、飲めって言われたら飲まなきゃいけなかったりだった。
そういう人たちも最初はみんな嫌だったはずなんだけど、苦しいながらもなんとなく我慢して耐えて、で自分が上の立場になったらそれを下に強要したくなるんだろうな。
ゆとり世代ぐらいになるとその傾向はだいぶ薄れてきていて、今ではあんまりそういうノリではないようだったけど、それでいいと思う。
正直、ただ苦しむだけで取ろうとする笑いの質なんて一番低俗だし、別に面白くもない。

けど、今の社会で仕事と言われてることって、こういうことがやっぱり幅を利かせてるのかなぁ。
自分の心を殺して取り組まなきゃいけないことがあまりにも多すぎるような気がする。
生きるためにしょうがないこととか、やらなきゃいけないことはもちろんあるんだけど、それはあくまで建設的な方向に向かうべきであって、自分とか他人を貶めていいことなんかないと思うんだけどなぁ…。
上司の機嫌を取ったり、お客さんの顔色を伺ったり、「雇用する側、お金を出す側」の人間の態度があまりに大きくないだろうか。
もし僕が社長になったら、社員がいてくれてるってすごくありがたいことだなって感じると思う。
だって僕のエゴというか、やりたいことにわざわざ付き合ってくれてるわけじゃん。すごいわ。
キリスト教には「あなたがたのうちでいちばん偉い人は、仕える者になりなさい。」というフレーズがあるけれど、全くもってその通りだと思う。
立場が上の人間が自分の機嫌とかエゴを殊更に強調しだしたら、下の立場の人間は働こうにも働けないよ。

みんなが自分らしく、人にできない凄いことができる世の中とまでいかなくても、自分の心を大切にできる世の中になってほしいなぁ…。
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category: 社会

コメント

とても共感しました!

>そういう事をさせて喜ぶ人がいるんだろうなぁ…刺激に飢えてるのかな

人の不幸を見ることで、相対的に自分の現状をいいものに感じるのだと思います

そう感じることは、自分にもあるので反省してしまいます

そう感じることに満足し、自らそれを追い求めるようになると、人の不幸に共感することを忘れて、冷たい人になってしまうと思います

URL | tarou #-
2013/01/16 23:05 | edit

Re: タイトルなし

まぁ僕も正直そう感じることはあるんですが、それってよく考えると自分の中にコンプレックスがあったりとか、過去に我慢してたことがあったりとか、そういうのが積もり積もってしまっているからだったりするんですよね。
それは人間だからしょうがない的な話なので、一概に批判できるものでも無いのかもしれません。
でも、なくしていく方向に向かうほうが、自分にとっても他人にとってもいいんじゃないかなぁって思うわけです。

URL | ゆとりさとる #-
2013/01/16 23:17 | edit

>自分や他人を傷つけたり悪口言ったりしんどい思いして笑いを取ろうとする

そういうものに愉しみを見出すという価値観も一定数あるんでしょうね
思えば今の「学校」というのもそういったものがあると思います
ターゲットにされたクラスの一人を罵倒したり傷つける事に
価値を見出そうとした事の発展上にいじめがある

禍福はあざなえる縄の如し されど人の不幸は蜜の味 でしたっけ?そんな言葉の通り大多数の人は幸せそうであったり、楽しそうな人間を見るよりも 苦しそうだったり、辛そうな人間を見る方が快楽を感じやすいのかもしれません
あいつは頭が良いやつだ!あの子は可愛い!ではなく あいつは駄目な奴だ。あの人ってブスよね 
と言うほうが酒のつまみにはもってこいです

>上の立場になったらそれを下に強要したくなる

上から嫌な事をされて辛い経験をしたから下には同じようになってもらいたくない
そうならないように前もって何か対策を採るという発想に基本的にならない
俺がされて嫌だった経験は下の世代の若いもんに味わわせてやろう

日本人の精神構造の根底にあるこういった足の引っ張り合い精神が今抱えている社会問題の基盤になってるようなきがします

URL | 匿名 #-
2013/01/17 05:46 | edit

確かに、作られた笑いが多すぎるのですよね。
仏道でいいますと、人を馬鹿にする笑い、自分を馬鹿にする笑い、
更に、何かよくわからないけど大笑いするというのは、全部危険なものなのですよ。

まず、人を馬鹿にする笑いには必ず「怒り」が含まれているからです。
ストレスという「怒り」や他者に対する「怒り」が含まれてないと
他人を馬鹿にするような笑い方はできないということです。
自分を笑うような自虐的な笑いも、必ず自分に対する「怒り」が含まれています。
どちらも、笑っている当人にとっては「不健全」な精神を作るといわれています。
常習化して、例えばTVの中に限らず、自分の身の回りの人間を馬鹿にし始めたりとか、自傷癖に発展したりなどして、自分で自分をコントロールできなくなっていきます。


そして、よく分からないけどその場の空気に合わせて大笑いするというのは例えばお酒が入りまくったときの飲み会コールとかですね。
これは「迷い」といわれるもので、いわゆるはっきりしてない状態に逃げ込みたいということですね。
嫌なことを「忘れたい」からとにかくバカ騒ぎして、自分でも自分の精神状態が「はっきりわかっていない」という状態です。
これもまた、とても危険なものだということです。麻薬のように常習化すると、いつもモヤがかかっていてハッキリしない精神を作ります。


私は人から笑わないと言われてしまったり、
無表情とかクールだとか、暗いだとか言われますが、
そもそも、そんなに無理して笑うものなのでしょうか・・・
苦しみながら笑うってそんな矛盾している形式を保ち続けると、
人間の精神はごっちゃごちゃになってしまいますよ。
だからこそのストレス社会なのでしょうか?
微笑むぐらいでちょうどいいと、私はそう思っています。

無駄に苦しませるような笑いは必要ないです。

URL | 名無しの哲人 #-
2013/01/17 09:02 | edit

Re: タイトルなし

>>日本人の精神構造の根底にあるこういった足の引っ張り合い精神が今抱えている社会問題の基盤になってるようなきがします

いくら食料やいろんな便利なモノがあふれたとしても、根本的にその精神が残っている限り、結局負の連鎖が続きますよね…。
自分なりの目標、自分なりの価値観を大切にできれば、他人を妬んだりすることはなくなっていくんだろうなぁってのはわかるんですが、なかなかみんなでそれをすることが出来ないってことでしょうか。

URL | ゆとりさとる #-
2013/01/17 11:12 | edit

Re: タイトルなし

> まず、人を馬鹿にする笑いには必ず「怒り」が含まれているからです。
> ストレスという「怒り」や他者に対する「怒り」が含まれてないと
> 他人を馬鹿にするような笑い方はできないということです。

これはまさにその通りだなぁって思います。
僕もそういうことをしたことがありますけど、それって親だったり世間だったりからの抑圧を自分でうまく発散できなくて満たされなくて、その不満を人を見下すことで解消しようとしていましたし。
やり場のない怒りだったんでしょうね。
今は自分の心に素直な行動をとることでそういう怒りも湧いてこなくなりました。

> そもそも、そんなに無理して笑うものなのでしょうか・・・
> 苦しみながら笑うってそんな矛盾している形式を保ち続けると、
> 人間の精神はごっちゃごちゃになってしまいますよ。
> だからこそのストレス社会なのでしょうか?

僕が働いてるときがまさにそんな感じでした。
そうするのが人として素晴らしいっていう姿を実践しようとしてたんですが、
僕の心は全く笑ってませんでしたね。
すごく不健康な状態でした。

まずは自分の心に素直になることで自分を癒して疲れをとって、
そうするとお日様が暖かいとか、鳥の鳴き声が心地いいとか、
何気ないことでも自然に笑みが湧いてきますし、
それが感謝の心につながるかなぁって思ってます。

URL | ゆとりさとる #-
2013/01/17 11:28 | edit

お笑い番組を毎週見てますが、僕も他の芸人の悪口を言ったり、外見を貶めて笑いをとるのはあまり好きではありませんし良い気分はしません。

ただ、漫才のグランプリ(The ManzaiやM-1)などで頂点に立つお笑いコンビはそういうことはあまりしてない(と思う)し、何よりとても面白いです。youtubeなどにもあるので気が向いたら見てみるといいと思います

URL | o-mi #-
2013/01/18 00:57 | edit

Re: タイトルなし

そうですね!僕もM-1なんかは見ますし、技術やネタの工夫で笑いを取る文化を否定するつもりは全くありません。
もしそういう風に取られてしまったのなら、申し訳ないです。。書き方に気をつけます。
コメントありがとうございました。

URL | ゆとりさとる #-
2013/01/18 01:41 | edit

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