ゆとりさとるの日々

人として自然な生き方を目指す

スポンサーサイト  

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

category: スポンサー広告

cm: --

自分を表現できる何か=癒し  

くまサンタ




pha氏の「ニートの歩き方」をなんとなくパラパラと読んでいた。
前回読んだ時は「pha氏はニートなのに自力で生活してて偉いし楽しそうだなー」くらいにしか思ってなかったんだけど、再び読んでるうちに今度は全然違う感想が出てきた。



なんかこう、うまく自分を発散できてないんだよね。
僕は少なくともそうだし、pha氏もそれっぽいし、今のひきこもりとかニートとかの人もそうだと思うんだけど。

会社で働くのがなんでこんなに嫌なんだろうって考えた時に、まず出てくるのが「こんなことに耐えられない」っていう感覚。
でも普通の人はしんどいとはいっても辞めるまではいかないし、だから自分はダメな人間なんだとかって悩んだりする。
でも能力的にダメでも仕事を続けてる人は山ほどいるし、というか最初は誰でもダメなところから始まる。
なので理由としてはちょっと違うように思う。
最近思うのは、僕を含めそういう人たちってストレスをうまく発散できてないというか、自分という性格を上手に出せてないからなんじゃないのっていうこと。

例えば僕は今実家で暮らしているけれど、正直いって家は出たいなと思う。一人暮らしでもルームシェアでもいいけど。
それはなんでかというと、親が常にいる状況では上手く自分をさらけ出して生きることができないからだ。
お茶の間が凍るっていう表現があるように、下品な表現のテレビ番組なんかが居間で流れるとなんだか気まずくなる。
それは親子っていうのはある種の神聖さというか、そういう雰囲気にならないように普段から気を遣ってるというか、なんて言っていいのかわからないけどそういう空気がある。
その空気を読んで、子としての役割を演じるあまり、本来の自分とは違うテンションを維持しなくちゃいけないんだよね。
それ以外にも「言い返したいけど、言っても無駄だろうなぁ…」とか、姑がうるさいけど反撃したらもっとひどくなるとか、とにかく自分をヘコませるような何かがたくさんある。
だから僕は大学生になって下宿を始めたときは、「こんなにも開放的な気分になれるのか…」と思ってとても感動した。
普通は長い休みとか年末になったら実家に帰る人が多かったけど、僕はほとんど帰らなかったぐらいだ。

一つの例として家庭っていうのを挙げたけど、それが学校なり会社なり、いろんなコミュニティにおいてあり得るわけだよね。
だから「何の気兼ねもなくさらけ出せる自分」っていうのがある人って、比較的すんなりサラリーマンとして生きていけるような気がする。

多少のことがあっても「許せる」というか。
自分を自由に表現できる場なり術なりを持ってるから、会社で自分の存在を引っ込ませてても、そんなに苦痛に感じない。
でも僕はよくよく思い返してみると、世間の価値観や親の意見に合わせるためにそれなりに努力してきたおかげで、あんまり自分をさらけ出すことがなかったように思う。
まぁ言い訳っちゃ言い訳だけど、でもそれも生きるための1つの手段なわけだから本来そんなに悪いことでもない。
ただし、そればっかりになると事情は違う。
結局、会社に入って自分の頭を上からグイグイと押さえ込まれるような状況になると、我慢できなくなる。
そりゃそうだろうなぁと思う。だって釣り合わないもん。
個人的な感情としては、普段から自分を抑えこんでるのに、更に輪をかけて抑えこまれても、ちょっとそれは無理やろっていう話。

じゃあ別に好きなように自分を出していけば?って自分でも思うんだけど、それがすんなりいかないからこうなってしまうんだろうなぁ。
いきなり会社を辞めるとか、引きこもりになるとか、そういう迂遠なやり方じゃないと自分を表現できない。

でもそういう人種って今までも一定数いるんだよね。
ていうかアーティストタイプの人ってみんなそういうことでしょ。
自分の態度とか感情として表現できない何かを、絵なり文章なり音楽にして表現してる。
ビジネスにおいても、大成功を収めてるような「普通の人とは違うことを成し遂げてる人」っていうのは、逆に言ってみれば「普通でいることに耐えられない」からそうしただけっていうことのような気もする。

あとは、優しい人が多いような気もする。
利己的になれないというか、開き直って自分中心に物事を考えられない。
まぁ本当の優しさって何かって話になるとまた違うんだけど、少なくとも周りに嫌われたとしても自分を押し通すようなことが出来ない。
自意識過剰とかって言われたりするけど、そんな言葉でハイそうですかとはいかない。

自信が持てる何かがないってことなのかなぁ…。なんかずっとやられ役に徹してるような感じ。
人としての本当の強さは何か、みたいな話とも関わってくるけど、自分をありのままに表現できる何かを持ってる人って、その分だけ何かがあっても受け止められるし、強いなぁって思う。
僕は今までそういうものを探す努力はしてこなかったなぁ。溜め込むだけ溜め込んで、うまく吐き出せてない。

そんなわけで、自分はなんでこんなにも出来ないんだろうとか、自分はなんてクズなんだ、とかって悩んでる人は、きっとそれだけ周りからプレッシャーを受けるばかりで、もうそれだけで手一杯になってて、上手く発散できていないんだと思う。
失敗とか挫折した時に、それでも食らいついていけるかどうかの境目って、そういうところが関係してるんじゃないだろうか。

ちなみに僕は今こうやって自分の思いを文章にすることで少しだけ何かを吐き出せてるような気がする。
人に迷惑がかからない方法でそういうものを持っておく必要があるなぁ。
それって言葉で表現すると「やりたいこと」なんだけど、今まで僕が思ってたこととちょっとニュアンスが違うような気がする。
やりたいっていう気持ちの中でも、攻めじゃなくて守りというか、癒されるような何かなのかなぁ。

やりたいことであっても攻めるだけでは疲れるし、攻められるだけでももちろん疲れるし、人生には癒しが必要だ。
すごくありふれた結論になってしまった…。
普段からそういう類の言葉って聞くけど、なかなか自分の中に落とし込めてないもんだなぁ。

関連記事

category: 人間

コメント

コメントの投稿

Secret

トラックバック

トラックバックURL
→http://hjkd8yg.blog.fc2.com/tb.php/116-6acf253e
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。