ゆとりさとるの日々

人として自然な生き方を目指す

僕はなんでブログを書いてるんだろう  

このブログを始めてから「やりたいこと」って何回書いてるんだろう。
自分が生まれながらにして持ってる性質、個性、その人らしさ、傾向、才能。
表現はいろいろあるけど、その人が胸をはって「自分は○○がやりたいから生きている」って言える何か。

女の子が、自分を迎えに来てくれる白馬の王子様がいるはずだって思ってるのと同じようなレベルで、僕もそういう運命的とも言えるくらいの「やりたいこと」が誰しもあるはずだって思ってる。
でもヒントは結構ある。というかそれを実現してる人はたくさんいる。



例えばイチローは(多分だけど)、「自分は野球をやりたくて生きている」って胸をはって言えると思う。
そこに目的とか打算のようなものは(おそらく)なくて、だから「野球なんてやって何になるんですか?」みたいな問いはそもそも何の意味も持たない。野球をすることそのものがその人を形作ってるから。
手段と目的が一体になってるというか。野球のために自分の人生があって、自分の人生のために野球がある。

そこに優劣は無くて、言わば自分と一心同体で、自分とすごく馴染んでる。
だからこそそれが自分の才能であり、やりたいことだって言える。
他のどんなジャンルでもいいけど、人生の達人って言えるような人たちは常に手段と目的が一体となって、その行為自体をすごく楽しんでる気がする。
だからそういう意味では、「ごくごく平凡な家庭を持って、会社で働くサラリーマン」も、実はこれに当てはまるかもしれない。
会社に勤めることで、幸せな家庭を築くために自分の人生があり、自分の人生はその家庭を守るためにある。
これってやってることとか知名度が違うだけで、本質的に「生きる」という点では共に一流なんだよね。要は毎日が充実してる。

本人たちがどう思ってるかは実際わからないけれど、僕にはそんな風に思えてしょうがない。
僕の父親はまさにその「平凡なサラリーマン」の典型のような人で、ひたすら毎日同じように会社に勤めて、給料は家庭の維持のために消えていって、「一体何をモチベーションにして生きてるの?」とか、「もっとやりたいこととかないの?」って僕は思ってしまう。
思ってしまうんだけど、それは多分、イチローに向かって「毎日バット振ってて何が楽しいの?」って聞くのと同じことなんだろうなって思う。
それがなんで好きなのかとか、なんで毎日続けられるのかなんてことは、本人にももはやわからない。
なぜならそれがその人にとっての才能で、魂みたいなものだから。自分とそれが一体になってる。

そんな風に周りを見てて思うから、僕はやっぱり「やりたいこと」の存在を信じてしまう。
特別な結果を出せる才能じゃなくって、自分が日々素直に向き合えて、やってるだけでなんだか楽しくて、そして周りも喜ばせられるようなこと。みんなそれぞれにとってそういうことがあるんじゃないのって思う。

じゃあ自分にとっては何なんだろう。
イチローのように小さい頃から打ち込んできたこともなく、親父のようにありふれたサラリーマン生活にも馴染めず。家庭を持ちたいとも(今のところ)思わないし、何を見ても聞いても、今ひとつピンとこない。
来ないんだけど、そんな僕でもやっぱりこれは外せないなっていうことがあって、それが今しているように「ひたすら考える」っていうこと。

これって自分で思うんだけど、すごく面白い、もしくは滑稽な気がする。
「自分は何がしたいんだろう?」って考え続けることが、自分にとってのやりたいことらしい。
矛盾してるっていうか、それじゃいつまで経っても答えにたどり着かない。
だって答えにたどり着いた瞬間、もう考える必要がなくなって僕の思考は停止するわけだから、そうすると僕は「考え続ける」っていうやりたいことができなくなってるってことになる。

パラドックスかよ。でも手段と目的が一致しているっていうさっきの条件に当てはめて考えてみると、どうもそうらしい。僕の人生は考え続けるためにあり、考え続けるために人生がある。哲学者にでもなれよってツッコミを入れたくなるけど、別に肩書きが欲しいわけでもない。難儀だ…。

僕は囲碁に出会ってからほぼ毎日囲碁をやってるけど、勝ちたいとか強くなりたいとかって以上に、考えることが楽しいから止められないっていうところがある。勝ち負けを超えて、純粋にその行為に浸ってる。
自分でも気づいたら囲碁のゲームをやったりしてるから不思議でしょうがない。今日も既にやったし、これからもするだろうし。
でも別にプロになろうとかはない。プロになったら勝たなきゃいけないし、それは自分の目的とは外れる。まぁそもそもプロになるくらい必死に勉強する気もない。

結局のところ、こうやって自分が思うこと、考えたことをブログに書き綴るぐらいが、僕にとっての無理なく続くいいポジションなのかもしれない。文章を書くのは割りと好きだし。なんだかんだ半年続いてるよ。でもそれで稼ごうとかはないけど。
うん。なんかわからないけど、お金を稼ぐっていう意識でやるのが僕は極端に苦手だ。ひどくモチベーションが下がる。そんなことのためにやってんじゃねぇよっていう情熱が湧いてくる。だから無一文になってもしょうがない気もする。だって嫌なんだもん。

嫌なことは嫌としか言いようがないよね。
自分でも笑えるくらい、子どもが駄々こねてるのと結局同じレベルなんだけど、でもしょうがない。
自分でも変えようがない。変えてみようとしたけどやっぱり嫌だった。
今試しに働くことを想像しながら「嫌!」って言ってみたら、思わず笑ってしまった。
僕は1人で何をやってるんだろう。だいぶ怪しい。でもそうやって笑顔が出てくる人生の方がいいとも思う。

はぁ。答えが出ないかもしれないことを考え続けるだけで生活出来ないかなぁ…。それを文章にするぐらいならやるし。心理学者とかとかなぁ…。でも組織に入ったりするのは嫌なんだよなぁ…。
僕を含め、無職やニートはこれから一体どうなるんだろう。自分が生き生きと出来て、かつ人の役にも立てるような何かに出会えることを祈ろう。
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