ゆとりさとるの日々

人として自然な生き方を目指す

スポンサーサイト  

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

category: スポンサー広告

cm: --

だるいにもいろいろあるらしい  

緑の河




前回、といっても今日書いた日記だけど、やりたいことをやり始めてるのにだるいっていう状況になった。
僕のこれまでの考えだと、人生は何においてもやりたいことをやり続けるのがいいっていう話なのに、これじゃまるで意味がない。

なんでそんなふうになってしまうのかを少し考えてみた。


まず今の僕の気分がどんなんかと一言でいうと、「だるい」に尽きる。
何がだるいねん会社も辞めてやりたいことやって毎日生きてるくせによく言うわと自分でツッコミたくなるんだけど、そうは言ってもとにかくだるい。
で、更に驚くべきことに、この感覚って会社に毎日通ってた頃となんだか似ている。

これは本末転倒どころじゃなく、このままじゃ人生の危機再びっていう感じなんだけど、僕が会社辞めた大きな原因であるこの果てしなくだるい感覚は単に会社のせいってだけじゃなかったんだっていうことに気づいたのは大きいかもしれない。

で、お得意の分析的思考で今自分に何が起きてるのかを整理してみた。
結論から言うと、僕は総じて頭でっかちすぎるんだわ。
うん、そうとしか言いようがない。

会社にいた時もそうだったんだけど、僕は考えるのが好きなもんだから、仕事だろうがなんだろうが目の前のことに対して常に「どうするのが最善なのか」みたいなことを考えるのを止められない。
で、考えて口でごちゃごちゃ言ったりするだけならいいんだけど、非常に残念なことにそれを自分の行動として移そうとなると、体がついていかないのだ。

これは見落としていたというかすごく目からウロコな感じで、なんだろう、仕事筋?っていうのかな、作業をやり通す能力というか。そういうものが自分にはすごくないことに気付いた。
うつ病なんかもよく考えるとそれと同じ状況になってるんだよね。
つまり頭ではいろいろと「ああしなきゃ、こうしなきゃ」って理解しているんだけど、それを実行に移すための体がついていかない。体というか心かなぁ。
僕も一瞬やるだけだったらぐっと我慢して出来たりするんだけど、毎日のようにやるとなるとすぐに疲れる。
頭じゃ理解してるし、もっとこうやったらよくなるとかも思ってるんだけど。

僕の頭の中には理性っていう「世話焼きタイプのすごくおせっかいな人」みたいなのがいて、その人がもっとああしろとかこうしろとかごちゃごちゃうるさくて、僕の心が参ってるという感じ。
なんやそれ…自分で鬱になってるやん…。

まぁ自分のペースでやればいい分、会社にいる時よりは格段にマシではあるけど、これはマジで自分が頭でっかちすぎてヤバイ。
なんかバランスが取れてないなぁ。
イメージはあるけどそれを表現する技術がないって言ったらカッコつけ過ぎだけどそんな感じ。
とにかく、やりたいことはあるのに頭で考えてることに追いついてない。
そのちぐはぐな感じが心に疲れをもたらしてる。

家でくつろぎたいから家を作ろうってなったのはいいけど、そのために必要な基礎の部分作ったり、水道やら電気やらいろいろ準備する内に、この作業だるいなって感じてしまう、つまり僕の心そのものはそれなりに幼稚というか、結果だけを求めすぎなところがあるんだわ。
だから焦ってるんだろうな。

会社にいた頃はその「家でくつろぎたいから」っていう動機の部分まで無かったもんだから、ほんとに絶望しか感じなかったけど、今はまだその目的がある分、なんとかなるはずではある。それを信じよう。
しっかし、当初の予定では過程まで全て楽しもうって思ってたけど、やっぱそれってそれなりに難しい、というか過程から目的に至るまで、全て頭と心と体の歯車が揃うってのは奇跡のようなもんだなって思った。
僕とは逆のタイプで、作業自体は疲れないけど、何をやっていけばいいかがわからないっていう人もいるだろうし。

あ、めっちゃいい例え思いついた。
マラソン選手は長い距離を走る時に、ゴールだけを見据えて走るんじゃなくて、「この次の電柱まで行こう」っていうのを何回も繰り返していくみたいな話を聞いたことがあるんだけど、それだわ。
僕の場合ゴールばっかりを見すぎて、そこに至るまでの長い距離を想像してしまって、勝手に疲れてるって感じ。

いや…待てよ。
そもそもここまで書いといてなんだけど、僕はただ愚痴を言ってるだけだったということに気付いた。
なにこれ、こんなオチ初めて。

関連記事

category: 未分類

コメント

ゆとりさとるさん、こんにちは。

僕も学生ですが多分似たような事で悩んでます。

でも最近心理学系の論文を何本か読むようになったら、結構参考になって悩みが若干改善された感があります。
特にフロー体験とか学習性無気力に関しては、目から鱗だなと思いました。

これは怪しい(引き寄せとか)自己啓発本的なモノではなく、学術論文なのでそこそこ信用できると思います。

時間あったら是非グーグル・スカラーとかで探して読んでみてください!

URL | むー #-
2012/12/20 07:08 | edit

Re: タイトルなし

ありがとうございます。
僕も心理学はいつかじっくりと本で読みたいと思ってました。
あと、グーグル・スカラーっていうのが有るんですね。初めて知りました。

URL | ゆとりさとる #-
2012/12/20 09:53 | edit

端的に言うと、ゆとりさとるさんは理想主義者なのかもしれませんね。
理想(マラソンのゴール)は充分に見えているけれど、現実(あと何本の電柱を越えれば良いか)が充分に見積もれていないのかもしれません。

そして現実のハードルが思ったより高かった場合に、それでも理想を妥協せず乗り越えようと一生懸命になってしまう、そう感じました。
自分に対する厳しさと甘さのバランスが、厳しい側に寄り過ぎてしまっているとも言えそうです。
ひょっとするとだるさの原因は理想と現実より、こちらの方が原因なのかもしれないと感じました。
理想を一旦妥協して、自分が自然に乗り越えられる高さにできると良いかもしれません。長続きさせる為に、自分に甘くですね。

会社にいた頃と同じではという心配をされているようですが、そんなことはないと思いますよ。
まだご自分に合った生き方を体現されてないかもしれませんが、会社に勤めながら今の心境に至るには、より時間がかかってしまったのではないでしょうか。
今の状態でも前進していると感じます、安心なさって下さい。

URL | RakkaseiTA #-
2012/12/20 10:02 | edit

Re: タイトルなし

ありがとうございます。

自分に厳しいってのは、そうですね。なかなか開き直って今を満喫ってのが出来ない性格です。
でも自分はそういう人間なんだなってのがわかってる分、会社にいた頃よりはマシになってるのも確かです。
あの頃はそれすらもわけが分からない状態だったので。

まぁどうなっても生きてるだけで日々前進してるかなぁっていう気もするので、もうちょっと腰据えてやってきたいと思います。

URL | ゆとりさとる #-
2012/12/20 22:09 | edit

こんな話思い出しました

どこで聞いたか忘れたのですが、

教会を作るためにレンガを積んでいる人がいて、
今なにしてるの?って聞いたところ、

ひとりは「教会を作っている。」
もうひとりは「レンガを積んでいる。」
って。

これだけ聞くと、教会を作っていると言った方が
おもしろそうだし、目標をしっかり持っているように感じるけど、
レンガをもくもくと積まないと目標には達しないわけだから
「私はレンガを積んでいる」と思った方がいい、て話です。


私は、これを聞いたとき、自分のことだとはっとしました。

尊敬してる先輩が、
「大きな夢を持ちながら小さなことを一生懸命やる人になりたい」
と言ってましたが、私もそうなりたいと思いました。


私もゆとりさとるさんと同じで
かなり考えてしまう方です。
フットワークはかなり軽いのですが…(=_=)
自己分析ばっかしちゃいます。
最近は、あんまりそういうことを考えないように
「流れのままに生きる」がモットーです。

URL | まりまり #-
2012/12/21 10:32 | edit

Re: こんな話思い出しました

面白い話ですね。

見方や表現の仕方で物事の印象が変わるってのはわかっていたつもりですけど、こうやって素直な例を出されるとなんだかはっとします。

小さなことを一生懸命やる人になりたいっていうのは、最終的に誰もが目指すところなんじゃないでしょうか。僕もそうなりたいです。
どんな大きなことでも一つ一つを見ていくと単純な作業のかたまりで、そしてその単純な作業を一生懸命やれるのかどうかっていうのは、縁というかめぐり合わせというか、やってみないとわからないって感じだと思います。
そういう意味では流れのままに生きるよりしょうがないかもしれませんね。

URL | ゆとりさとる #-
2012/12/21 12:34 | edit

コメントの投稿

Secret

トラックバック

トラックバックURL
→http://hjkd8yg.blog.fc2.com/tb.php/113-6945cc20
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。