ゆとりさとるの日々

人として自然な生き方を目指す

生存  

してます。

最近お金が無くなってきた上に新しいPCを買ったりしたので家から近いとこでバイトを始めた。しかもなぜか掛け持ちで働いてるのでほぼ休み無しで毎日どっかしら出かけてる。僕はやらないときはとことんやらないけど、やるときは唐突に脈絡もなくしかもすごい勢いで動きはじめるところがある。

一つは近くのスーパーで弁当とか作るやつ。パートのおばちゃんたちと一緒に作業をする。これは時給的に言っても最低レベルだし仕事も単純で毎日毎日同じメニューを作り続けるだけ。けど特に嫌な人間関係があるわけでもなくひたすら作業してるだけなので精神的には楽だし力仕事でも無いので地味に長く続けられるんじゃないかと思ってる。

人間って暇になるとどうしようもない生き物で、周りの連中を巻き込んで争ったり騒いだりする習性があるんだよね。だいたいどうでもいいしょうもないことで言い争う原因の一つは暇なことにある。だからこの仕事はみんな毎日等しく忙しいという意味で平和だなぁって感じる。その代わりつまらんし時給は安いって感じかな。ただ、ご飯を作るっていうのは僕的には数少ない意味を感じられる仕事だなって思う。ご飯、食べるしね。

もう一つは駅前にある学童保育というのか、アフタースクール?みたいなとこに通っている子どもの送り迎え。これは準社員という形で働いてるので、一応月給でやってる。これはとても楽だしその割に給料もそこそこなんだけど、朝やら昼やら夜やら、その日によって動く時間が細かく変わるのが大変なところ。あと子どもたちのどうでもいい話を聞いてあげたり一緒に遊んだりする必要がある。この仕事には特に意味を感じないのでやる気も全く出ないんだけど、楽なので適当にやり過ごせるような気がしている。

あと仕事を再開して変わったのは生活費がかかるようになったというところ。今までニートのときは買いたいものも無いしあまり食べることもしなかったのでスマホ代いれても月一万あれば十分て感じだったけど、今は労働のストレスのせいか無駄にコンビニで割高なもの買って食べたり酒飲んだりゲーム買ったりしてるので月3,4万くらいの支出にはなりそうかな。収入が多くなるほど支出も増えるもんだなって思った。

それ以外に感じることといえば…やっぱり人生ってどうあってもトータルでゼロというか、どんな状態になっても良い部分だけを集めることはできないし、逆に悪いことばかりで満ちることもないってことだろうか…。特に長い目で見ればみるほどそうなるように思う。自分は得をしている、あるいは損をしているというのは大抵自分勝手な思い込みのような気がする。

ニートで毎日24時間自由な日々と、バイトのかけもちで朝から夜まで毎日働く今と、僕の感覚的にはあんまり違いを感じない。どちらにせよただ時間だけが過ぎ去ってるなーって感じだ。

とりあえずDQ11買ったのでそれが終わった頃にまたブログかければいいかなー。

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