ゆとりさとるの日々

人として自然な生き方を目指す

自分さえ良ければいいっていう話  

なんだ…。まともに文章書くの久しぶりだな…。
「自分さえ良ければいい」ってあるけれど、それは僕のことだなと思ったという話。

このフレーズを聞くと普通は「他人を押しのけて自分の利益ばっかり追う人」とか、「相手の言うことを聞かずに自分のわがままを通す人」みたいなイメージが湧くんだろけど、それは実はちょっと違うと思っていて。

確かに他人に迷惑をかけるのは望ましくないのかもしれないけど、でもそれって見方によっては本当に迷惑と言えるのか微妙だと思う。アンチ・ヒーローとか悪者的な役割って物語には必要な存在だけど、それを地でいってるみたいな。
他人から迷惑と思われるのもそれはそれで必要な役割っていうこと。ある集団においては共通の敵ができると一致団結できるし、悪を滅ぼすように頑張るってすごく生き生きとした瞬間だし。デスノートの最後でキラを信仰する人々の様子が描かれてるあの感じね。

犯罪を犯す人がいるから弁護士や裁判官は仕事に困らないし、犯罪をなくそうと努力する人たちにとっての生きる目標になりえる。それってある意味その人にとってのアイデンティティを提供してるとも言えると思うんだよね。もちろんだからって進んで悪者役をやればいいってわけじゃないんだけども、でも人から嫌がられるってそんなに捨てたポジションでも無いんじゃねーかと思うわけです。ネガティブな働きかけって、実はそこまで言われるほど悪いものじゃないんじゃないの。

ほんと、何が良くて何が悪いかってわからないし。

そうすると、本当の意味で「自分さえ良ければいい」っていうのは、他人に迷惑をかける人じゃなくて「他人と関わろうとしない人」のことだなと思ったわけです。迷惑かける人よりそっちの方が自分本位だなぁと。迷惑な人は、まだその迷惑っていう働きかけで相手にとっての何かになってるんだよね。関わろうとしない人は相手にとって何の役割も果たしてない。

それは最近ずっとやってるFPSという戦争ゲームをやり続けていてわかったことなんだけど。なんでそれやっててそんなことに気づくかっていうとそれは話すと長くなりそうなので省くけれども。

とにかく孤独こそが自分勝手の最たるものだとわかったわけだ。そうすると僕という人間はすさまじく自分勝手だなということになる。基本だれとも関わってないし、迷惑をかけるのもかけられるのも御免だっていうスタイルだから。

けどそれは良くない…。人に迷惑をかけずに生きようとしているのに、それがかえって迷惑になってると言えるこの状況が良くない。なにか変えたいと思う。

しかしだな……。「なるほどわかった、他人にありったけ迷惑をかけてもいいとして、じゃあ何するか?」ってなった時に、ほんと何も思いつかないんだよね。そこまでしてやりたいと思うほど大切なものが無い……。望むものもない。ほんとはあるんだろうけど、なんかそれを表に出すことをすごく嫌ってるんだと思う。

なんでだろ。なんとなくそれをやっても微妙なイメージしかわかないとか、やっぱりそれをすることで他人を傷つけることが嫌だとか、いろいろあると思う。個性をぶつける、晒すことがやたらハードルの高いことのように思える。

けどそんなひきこもり気質になったのは全て自分が悪いのかというとそれもまたなんとも微妙なところで、これまでの人生で思いもよらないいろいろなことがあった結果そうなってるわけであって、別に自分から進んでひきこもろうとしてるわけでもないっていうね。
つまり、しょうがないのだ。これはもう本当にどうしようもなくしょうがないことだわ。

このようにして、自分さえ良ければいい人間は今日も一人でゲームし続けるのであったー…。はぁーあ。

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