ゆとりさとるの日々

人として自然な生き方を目指す

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何でも語り合える場的な  


前に会ってもらった相談者の人から、「働き始めてからの悩みとかを話しあったりする場ってないんですよね」と言われ、全くもってその通りだなぁと思っていたら、だったら何か作ってみてもいいじゃないかという話の流れになった。

最初はリアルの場を作りたいと思ったけれど、人が集まる環境を作るって結構難しいような気もするし、人が動くと何かとお金もかかるし、ということで、何か掲示板のようなものでも作って「会社行きたくない」とかボソっとコメントしていけるものでも設置しようかなぁ…と思っている。

そういうところで話が盛り上がったら集まってもいいだろうし、とにかくこのブログをただ僕の意見を聞くというものにしないで、読者の方にも自由に意見を発信してもらった方が何かが起きそうだなと、僕も思ったわけです。

ドメインは余ってるし技術的にも可能なので、どんな掲示板にするか現在思案中…。

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会社を辞められない一番の理由  

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昨日はメールを頂いて相談を受けていた人と会っていた。なんだかメールとか会ったりとか、今年に入っていろいろと動いてきた感じがあって嬉しい。多少なりとも反響があるっていうのは、やっぱり続けていくためのやる気になってくるし。

で、いろいろ話をしていてどうもその人は会社を辞めたいということではあるけど、でも流石に辞めるっていうのはどうなんだろう…という具合に悩んでいるということだった。とりあえず今の仕事には全然魅力を感じないし、正直これから20年、30年と続けていくなんて想像も出来ないし、辞められるなら辞めたい、っていう話。

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category: 人間

うわあぁああああ!  

あああああぁぁぁぁぁぁ!

いけねー!!ついついネガティブというか、なんか儚い日記を書いてしまった…。
僕は確かに自由は好きだけど、孤独でいたいというわけじゃない。誰しもと仲良く生きていきたいのだ。1人でも90%くらいは大丈夫だけど、10%くらいはやっぱり寂しい。ただ、実際問題として人と接していると些細なことにイライラしたり他人や自分の嫌な部分が見えてしまったりで、どうも誰かと一緒にいるっていうのが苦手なんだよな。

大学時代に仲よかった友達と卒業旅行に行ったんだけど(その時は「お前が誰かと予定合わせて遊びに行くなんて奇跡やな」と言われた。なんて失礼な。)、5日間の日程で、最初は一緒にいろいろ見て回ったりしてたんだけど、2日目の夕方くらいからもうお互いめんどくさくなって、ごくごく自然な流れで以降各自自由行動になったのは今でも印象深い。ほとんど一人旅と変わらなかったかもしれない。

僕がこんな性格だから僕の友人というのも大体こんな性格だ。誰とも群れずに引っそりとしていて、「こいつ普段何して生きてんだろ…」ってお互いに思ってるに違いない。そんな連中の中では僕は人間関係に厚い方だと思う。そうだそうだ。

はぁーぁ。あー…。だめだ…もういろいろと疲れる。人生には疲れる瞬間が多すぎる。「上手に馬鹿になれるかが楽しく生きるコツ」って自分で書いておいてなんだけど、僕は上手に馬鹿になることがどうも出来てない。そういう自分の殻を壊すにはどうすればいいのかがわからない。


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桜が咲きはじめた。  

sakura.jpg



桜が咲きはじめた。

僕は咲き始めの桜と、散り終わるくらいの桜が好きだ。その頃の桜には何かこう「動き」みたいなものを感じて、僕の心もそれに影響されて何かが動いている感じがする。
満開の桜はなんというか、とても綺麗なんだけど完成されすぎていて興味がわかない。単に綺麗だな、で終わってしまう。
桜は散るからこそ美しい、って言うけれど、その通りだと思う。完成したものを留めておけないところに起承転結のストーリーを感じて、そこに生き生きとした何かを読み取ることができるんだと思う。

僕は毎日空を眺めるのも好きだけど、それは晴れていたり曇っていたり雨がふったり、日々変化していてどれ一つとして同じ空が無いからだ。別に眺めて何かを考えるわけでもないけど、ただ眺めているだけで飽きない何かがある。

けど桜にしても空にしても、それが事実としてどうかというより、僕がそういう風に感じる人間であるっていうことの方が重要なんだと思う。僕はそういう「移り変わるもの」とか、「手に入らないもの」みたいなところに良さを感じる人間だから、結局僕の生き方もそういう生き方になるんだと思う。

人間関係なんてその最たるものだ。僕は特定の誰かとずっと一緒にいることなんて今までしたことがないんだけど、今でもする気がないし、先のことはわからないけどこれからも多分しないんじゃないかと思う。大学時代に1人だけ付き合ってくれた彼女がいて、その子の事は好きだったけど、「付き合う」という行為に何か得体のしれないストレスを異常に感じて、結局半年も続かなかった。あれは今思えば、会社にいた頃と同じ類のストレスだったような気がする。
友達同士でワイワイ遊んでる姿とか、恋人同士で仲良くしている姿とか、親子で手をとって歩いていたりする姿にはとても心暖まるものを感じるけれど、それを自分が手に入れるっていうのは、なんとなく自分の性分じゃないんだろうな。

僕が人生をかけて手に入れたいと思うのはただひとつだけで、それが「自由」だ。いつ、どこで、何をするかは、どんな瞬間でも自分の気分のままでいたい。そういう自分が好きなんだと思う。
けど生きてる限り、社会の一員として生活してる限り、そんな「自由」なんて決して手に入らないだろうなぁとも思う。仮に一時的に手に入ったと思っても、そんなのはすぐに何かしらの事情で崩れてしまうものだろうし。

でも、それでいいとも思う。だって僕は「手に入らないもの」が好きだから。
本当に「自由」なんてものが手に入ってしまうのであればそれは一瞬にして下らないモノと思ってしまうだろうし、一生かけても手に入らないからこそ、僕はそれが欲しいと思う。

今日散歩していて、咲きはじめた桜とか道を歩いている親子を見て、そんなことを考えていた。

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ゆとりさとるの「やる気」論  

やる気



前回の記事から早速嬉しい反応がありまして、一通のメールをいただきました。2つテーマについて考えて欲しいとのことなんですが、1つ目が「一人前は自立しているか」、2つ目が「好きなことをしているのに、ふとやる気が無くなる現象の意味」ということです。なるほどなぁ…。

今回は2つ目のテーマについて書こうと思う。なんで順番通りにやらないかというと、今の僕はこっちのテーマを書きたい気分だからだ。

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category: 人間

ランキング順に過去記事を振り返る回  

公園



前回頼まれて書いた2つの記事について。
依頼をしてくれた方には「とても満足した!ありがとう!」という旨のメールを頂けた。僕としても良いテーマをもらって、書いていてとても楽しかったし、こんなブログの在り方もいいなぁと思った。
もし「こんなテーマどうよ」っていうのがあれば、ぜひぜひメールしていただければと思います。

このブログは「会社員だった頃の悩んでいた自分を救う」っていうのが一つの大きなテーマになっていて、だから人生観だとか労働についてだとか幸せって何だろう的な話ばっかりになってしまう。だから働いていた自分とは違う世界の事を論じることは、自分からはなかなか出来ないんだけど、こうやって他の人につつかれて出てくるものもたくさんあると思うので、こういう機会は大切にしていきたいって思う。

で、今日の記事はタイトル通り、ちょっと趣向を変えて過去の記事について。
←のランキング上位の記事についてなんだけど。

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category: 未分類

いつも本当にありがとうございます  

りんご



最近、山田ズーニーさんの「おとなの進路教室。」を読み返してる。(過去記事―おとなの進路教室。

この本を買ったのは会社を辞める前の頃で、今思えば、誰のどんな言葉であろうととにかく自分の後押しが欲しかった僕が、藁にもすがるような感覚で買った本だった気がする。
当時と今とで僕自身の方向性は全く変わっていないんだけど、自分の中のモヤモヤを、このブログを通していろんな言葉に表現してきた蓄積があるおかげか、読んでみて随分と印象の変わったところもある。

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category: 未分類

僕にとっての何より素晴らしい教師  

ドラム




今回はお便りのテーマ第2弾をお届け。ちなみに頂いた内容はこんな感じ。
「…(中略)…習い事の先生業に関わる人間が、考えた方がいいと思うこととか、より仕事が充実するにはどうしたらいいか…」

習い事の先生どころか、何かを教える仕事についたことすらない僕に一体何が言えるのだろうと思いもしたので、今回はあくまで何かを教わる側の立場として、「僕が考える良い教師」っていうテーマで依頼内容に応えようと思う。

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category: 人間

飲みに行ったら大変な目に遭った  


Web制作の仕事が一段落した意味合いもあって、友人に誘われ二人で飲みに行くことにいた。その友人は前も書いたかもしれないけど、小洒落たところは全く行かずにとにかくごちゃごちゃした飲み屋が好きで、そんな店ばっかり渡り歩いてるような変な奴だ。本人曰く、そういう店は「生きてる」感じがしていいらしい。店員さんも決められた作業を淡々とこなすのではなくて、お客さんとの会話に中にライブ感があるんだとか。まぁわからんでもない。

ただ、僕はそういう店が彼ほど好きなわけではない。今回も例によって今まで一回も行ったことのない店だったんだけど、その雰囲気を見て一瞬嫌な予感がして、「えっ…ここホンマに入るの!?」と思ったんだけど、でもせっかく連れて来てくれてるしまぁいいかと思って入って友人と喋ってたら、急に肩が異様に凝ってきて、うわっしんど…となってきて、案の定凄まじいストレスを感じてしまっていた。

何でかしらないけど僕はやっぱり人混みというか、他人の様相が直に伝わるような空間が嫌いだ。はっきりいって彼と真逆だ。その友人とは普段から考えが真逆ではあるんだけど、お互いに「生きる」ということを本気で考えてる点では同じなのでよく飲みに行くんだけどさ。友人はその店がその地域の中で一番好きだと言っていたけれど、僕はその店が一番苦手なことがわかった。どれくらい苦手かというと、居るだけで肩が凝ってしんどくなるくらい。遺伝子レベルで受け付けないってこういうことかと実感できた。

おかげでこの2,3日、寝る以外に何もできなかった。好きな音楽を小音量でかけながらひたすらに寝る。今やっとこうしてブログを書けるくらいに復活したけど、たまったもんじゃない。彼との付き合い方は少し考えなきゃいけないな。

完治までは…、あと丸1日はかかるかもしれない…。はぁ。

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子どもの教育に芸術がなぜ必要か  

楽譜




実は先日お便りを頂いて、とある音楽レッスンの教室で先生をされている方から、「こんなテーマで記事を書いて欲しい」というような依頼を受けた。正直すごく驚いて、僕にそんなお堅いテーマで評論家じみた真似ができるのかという疑問と、でも意見を求められては答えないわけにはいかないというか、むしろ答えたいというか。
そんなわけで一つ目の記事として「子どもの教育に芸術がなぜ必要か」というテーマについて書くことにした。

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category: 人間

妥協することは良いことか悪いことか  

落ちる




同期で今も会社に勤めてる友人に久しぶりに電話をしていると、今勤めてる会社に満足してるのかどうかみたいなことがやっぱり気になって、「最近どうよ?」ってどうしても聞いてしまう。すると返ってきたのが、「まぁ不満もあるけど我慢できる範囲で妥協してるからなぁ」ってコメントだった。あぁー…うーん……んー…??となりながらも、妥協できるっていうのもそれはそれで素晴らしいことなのかもしれないと思ったりもした。

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category: 人間

自分の心を支えてくれるモノ  

輝く




僕の友人でまだ大学生やってる奴がいて、彼とは中学時代からの付き合いなのだけれど、今でもたまに飲みに行ったりしている。そいつと顔を合わせると決まって、これからどうしていこうかみたいな話になって、お互いのことをああだのこうだのと言い合ったりしてしまう。

まぁそんな話をしていても結局結論なんて出ないし、他人から見た自分なんて一面的すぎて参考にならないことが多いような気もするけど、共通してるのは僕もそいつも自分の居場所というか、生き生きできる瞬間を探し続けてるっていうことだ。彼はいわゆる飲み屋街を渡り歩くのが趣味な男で、繁華街の小汚い立ち飲み屋とかをいっつもほっつき歩いていて、客とか店主のその人間模様を観察するのがどうも面白いらしい。そこから彼なりの生き方を見出そうとしてるんだろうなぁ。

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category: 人間

人生の目的  

ペンギン




自立、っていうのを最近よく考えてる。ちょっと前までは自立というと経済的自立が一番大切なのかなぁとか思ってたけど、精神的自立のほうがよっぽど大切だったんだなって思う。

僕はこれまで親だの世間だのの周りの意見に流されてというか、本心から望んだことじゃないことをたくさんしてきて、それじゃどうも行き詰まるなぁってようやく思えてきたところだけど、これってつまり僕が親や世間、常識と呼ばれる価値観に依存して生きてた証拠なんだなって考えるようになった。

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category: 人間

「嬉しい」と「楽しい」にはこんなにも違いがあった  

笑い




昨日はたまたま連絡を取った九州大学の学生が就職活動で大阪に来るっていうので、ちょっとした飲み会に参加してきた。7つある旧帝大って昔から交流が盛んで、京大とか阪大からも何人か来ていたので久しぶりに部活時代の懐かしい話が出来てとても楽しかった。

集まっていたのはちょうど僕の1つ下の年代が多くて、大学院に行っている人がほとんどだったから就職活動の真っ最中ということもあったので、ついああだこうだと自分の思っていることを押し付けるように話してしまった。そんな中で就活生がどんなことを考えているのかを聞いてみると、僕もずっとそうだったけれど驚くほどある1点が欠けてることに気付いた。

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category: 人間

嫌だって感情はもっと尊重されるべき  

雲間



嫌だっていう感情はもっと尊重されるべきなのかも、って最近思うようになった。

今までにも僕は嫌なものは嫌だと思ってはいたんだけど、そもそも「嫌」っていう感情に対してマイナスのイメージをずっと持ってた。知らず知らずのうちに「何でも我慢できること、耐えられること」っていうのが美化されてて、嫌なことでも我慢出来る人が立派なんだ、それが出来ないうちは所詮子どもだ、みたいな価値観が何故か育ってしまってたような気がする。

けど、「何かが好き、これがやりたい」っていう感情よりも、「嫌だ」っていう感情の方がよっぽどストレートに人に対して何かを訴えてくるし、訴えているものがある以上、それは理屈で押し潰したり無視していいものじゃないんだろうなぁって思う。

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