ゆとりさとるの日々

人として自然な生き方を目指す

23日のラジオ  

準備は着々と進んでます。テーマは悩むことについて。

人はなぜ悩むのか?

悩みというと悪いもの、早く取り除くべきものとしてネガティブなイメージを持たれているよね。なので個別の悩みの解決方法を記したブログなり書籍なりはたくさんあるけど、そもそも人はなぜ悩むのかの仕組みの部分とか、悩みが自分の人生にとってどういう役割があるのか、みたいな内容ってほとんど無いんだよね。心理学とか哲学ですらその領域には踏み込めてない。悩むことについて正面から向き合って、悩みの性質や役割について考える。今回のラジオはそんな内容になってます。

土曜日の朝10時くらいから、最初はひとりで語ってるので、それが終わってもし人がいればフリートークでもやろうって感じでいこうかと思います。よろしく!!

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ラジオやるかも、いややります  

表題の通り、また懲りずに生放送ラジオやるかもです。

内容は僕のライフワークである人生の本質を考えるというテーマで、普段思考してることをゆるりと雑談していこうかなと。

もうねー、人生で起こる一つ一つの出来事についてその原因やら結果やら周囲の評価やら自分にとっての評価やら、そしてその出来事を一般化して他で起きた似たようなことに対して当てはめて考えたり一般化したりっていうのがねー、やめられないんですわ…。僕という人間はそういう思考プロセスで出来ていて、さらにそれを言語化してわかりやすく表現するマシーンみたいなものなんだと思う。考えないでいようと思ってもすぐそういうことばっかり考えてるし、うまく一般化できるとまた気持ちいいんだなこれが…。

僕にとって自分の人生は壮大な実験の場なのかもしれない。

ただ、いつやるかってのは決めてないです…。明日かもしれないし来週かもしれないし来月かもしれません。決めないとダレて流される自分がいるのはわかってるので、とりあえずここは絶対やるというときだけ決めておきます。

今月23日の土曜日。この日は珍しく一日休みなので、ここでやろうかなと。けど、もしかしたらそれ以外でもやってるかもしれません。そのへんはご理解ください。。

人生で悩んでる人にとっては面白い話がたくさんできるかなーと。お楽しみに

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人生の目標は…  

あらゆる物事には正の面と負の面がある。前の記事ではゆったり気ままなフリーター生活みたいな感じに書いていたけど、もちろんそんな良い感じな話ばかりじゃない。

まず僕は毎日「なんで僕はこんなことやってるんだろう」と100回ぐらい考えながら仕事をしている。そしてそのたびに「そうか、ニートやってても自分の心と向き合うばかりでしんどいからだったな…」と思い直すんだけど、それでも仕事に慣れてくるとだんだん働きながらでも自分の心と向き合ってしまっていて、結局なんのために外に出ているのかという気持ちになってくる。

朝起きるのも辛いし、ストレスもたまる。前は1ヶ月1万円あれば余裕で暮らせてたのに、今は衝動買いしたり無駄にお菓子食べたりで、月に4~5万円くらいないと生きられない体になってしまった。体重も無駄に増えた気がする。かといってニート生活になると朝起きるのが辛くなくなる代わりに昼夜逆転でしんどくなるし、生活費は安くなるけど収入も無くなる。

何かが満たされれば何かが欠けて、しかもそのどちらも本質的には僕にとってどうでもいいことなのに、そのどうでもいいことに振り回れている自分がいて、そのことに気づくたびに心がどっと疲れるような感覚になる。

「もっとこうなれば、ああなればいいのにな…」と思うこともあるけれど、少し考えただけで「けど本質的に自分が変わってないから結局一緒だな」とわかってしまうから、夢みたいなものをむやみに追いかけようという気持ちにもならない。
最近だと、「こんなに自分の心を見つめたり反省したりしないで、もっと他人とか他の事ばっかりに夢中になれればいいのにな」とか思ったりしたんだけど、昔の自分がそうだったことを思い出すことですぐにそれはそれで大変な部分があるってことに気づいたり。

仏教という救いにも出会ったわけだから、ここまで来るともう死んでしまってもいいのではないだろうかというのもよく考えるんだけど、なぜか人間として一生を全うする必要があるような気がしてしまって死ぬこともできない。だから僕の人生の目標は、最低限の人間らしい人生として終わりまで完走することなのかな、と思ったりしている。

そのためには少なくとも自分が生活していくだけのお金を稼いだり、親の面倒を見たり親戚づきあいもこなしたり、犯罪もしないようにしたり…なんだか書いていてすごく面倒な気持ちになってきた。なんで僕はこんなことやってるんだろう。
そんな感覚だから就職とか結婚とか起業なんてとんでもない、もう自分一人がなんとかやっていくだけで精一杯だ、と思う。

人生は作業なのだろうか?そんな感覚にすらなってる僕は相当心が硬くなってるんだろうなーとも思うんだけど、やりたいことが無いっていうのはこういうことなんだろうね。

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最近の暮らしと感覚  

あまり更新してないとブログに広告が勝手に貼られるようになるのがなんだか寂しいと感じるので更新。
今回は去年の夏から続けている今の生活について。

本当にやりたいことをやろうと言って会社をやめて、最終的にやりたいことが特にないなと気づいた(あるいはやり終えた)2017年のこと。そのままニートなりなんなりでの生活を続けていくのも悪くはなかったんだけど、ひたすら自分の空間にこもり続けて自分と向き合い続けるのが飽きたというか疲れたというか、逆に軽く何かに縛られる方が生活リズムも乱れないしいいかなという理由で働き始めた。

それまでは世間体だったりお金のためだったりで働いてたわけなので、一応これが初めて自分が「働くことそのもの」を望んで働きはじめた第一歩と言えるかもしれない。とはいってもその理由はニート生活が飽きたという程度のものなので、相変わらず意識は低いしバリバリ働く気なんてない。散歩やジョギングを新しく日課にしてみようかな、というくらいの感じと一緒だ。

目標が家を出て外で暇をつぶししようってなもんなので、働く時間に関してはある程度長めでもいいかなというのもあったし、一つの仕事を始めたもののそれが合わなくて辞めてまた探すのが面倒だったので、いきなりダブルワークで始めることにした。これなら働く時間はそれなりに長いし、一つが嫌になって辞めてももう一つがあるという精神的な保険もかけられるからね。

流石に急な生活リズムの変動で最初の2~3ヶ月くらいはしんどかったけど、半年も経つとかなり慣れてきた。しんどい、とはいっても会社に入った頃みたいな精神的に泥をかぶるような嫌な感じではなくて、筋トレを新しい日課にして続けていく時のしんどさみたいな感じ。そういうしんどさなら、むしろ大学までずっと部活とかもやってたので割と慣れてるかな。

朝はスーパーのキッチンでパートのおばちゃんや店長としょうもない話をしながらお弁当や惣菜を作って、午後から夜にかけてはアフタースクールの子どもたちのじゃれ合いに付き合いながら家までの送り迎えをする。責任もないし人間関係も軽い。割とマイペースにやれてるのがいいのかもしれない。もちろん瞬間的に嫌になるときや、やっぱやめようかなぁ…と思ったことも何回もあったけど、そのたびに「じゃあまたニート生活やるのか」というのが頭をよぎって、それもそれで今はそういう気分じゃないなぁと思いつつ。

あとは全く違う二つの仕事をやってるというのが僕にとってはかなり良いというのもあるかな。一日同じ仕事をするのはダルいし、昼休憩中に気が滅入りそうな気がする。またこの仕事が~時まで続くのか、みたいな。人間関係も狭くなるしね。さっきも書いたけど、二つの仕事をすることで気分が切り替えやすいというのと、一つが嫌でももう一つがあるやってのがかなり精神的な薬になってると思う。その分給料は最低時給くらいのもんだけど、そこらへんは元プロニートなので気にしてない。

生活に関してはそんな感じかな。その日に使う分をその日に稼いで、みたいな暮らしだけど、それでいいと思う。何か大きな目標に向かっていったり野心をもったり、競争したりするのは疲れる。経済がどうとかマーケティングがどうとか自分の実生活に関係のないことを仕事にするのも虚しい。僕には地元のスーパーで飯でも作ったり近所の学校の子どもを迎えにいくくらいの、自分のリアルに少しだけゆるくつながってるような場所で働くほうが向いてる。お金が稼げることではないけど、でもその方が、なんだか働いてる感じがしてる。

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最近のやってること、思ってること  

2,018年で初めての記事になります。今年もよろしくおねがいします。

ここのところは相変わらず休み無しのアルバイトを続けながら、ゲームやったり仮想通貨に投資したりして暇を潰しながら生きてる。
バイトはとりあえず半年続いてるので、特に大きな問題さえ無ければ今年も続けていけそうかなぁという感じ。ゲームとかの趣味に関してはプロニートの必須スキルみたいなものなので、これも相変わらず色んなゲーム・人との関わりに手を出しながらうまく暇つぶしてるなぁという感じ。投資に関しては1月の頭にものすごく儲かったあと、今ものすごく損を出しててまさに仮想世界のジェットコースターに乗ってるような感じ。

けど、何をやってても周りがどうなろうと、人生の根幹みたいなものは結局変わらないなぁって思う。相変わらず何かの悩みを抱えてはそれを解消したり別の悩みを抱え込むことでまぎらわしたり、めまぐるしく変化する周りと自分の感情や思考に振り回されながら生きてる。暇があるとそんなことを考えては「それが生きることなんだ」って理解することで少し自分自身を俯瞰して見てるような達観した気持ちになるんだけど、そんな薄っぺらい感情はすごく脆くてすぐに目の前の強烈でわかりやすい変化に押し流されていく。どこまでも安心できる何かを求めて、どこまでも安心できない自分自身で有り続けてる。


今年はそんな感じでスタートです。それ以外って言うと、投資ですごく儲かったらゆとりハウスをもう一度やりたいというくらいかな…。相変わらず自分がお金を使うのは苦手なので、自分の手に余るようなお金ができたのなら自分が困っていたのと同じようなことで困ってる人のために使いたいかな。

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